能登半島地震は地域の生活基盤を根底から揺さぶりました。医療も例外ではありません。患者と医療者双方の減少、アクセスの一層の悪化。平時から積み重なってきた課題が震災後、深刻さの度合いを一気に深めたのです。一方で、復興は「元に戻す」だけではなく、「次の世代が暮らし続けられる形に作り直す」機会でもあります。そのカギの一つが医療DX(デジタルトランスフォーメーション)です。医療現場と病院経営に長く携わってきた神野正博全日本病院協会長と金沢市出身で医師でもある松本尚デジタル大臣が、医療DXを駆使して描く能登の未来の「設計図」を語り合いました。


金大医局で机が隣同士
神野
松本大臣、国会会期中の極めてご多忙の中、お時間を割いていただきまして、ありがとうございます。
松本
先ほどまで衆院予算委員会に臨んでいました。神野先生は金沢大学旧第二外科の医局の先輩でもありますから、お会いできるのを楽しみにしておりました。ちょうど私が入局した時に神野先生が助手として大学に戻ってこられて、机が隣同士になったんですよね。
神野
懐かしいですね。二人とも若かった(笑)。当時、我々の「ボス」だった故・宮崎(逸夫)先生(※)に叩き込まれた言葉があります。「外科医なら、迷ったら開けろ」。様子見で時間を失って後悔するくらいなら、自分の責任で前に進め、と。
松本
その言葉、私も鮮明に覚えています。例えば当直の医師が「盲腸かもしれませんが、とりあえず様子をみました」と言ったら怒るんですよね。「なんでお前、外科医なのに開けんのや(開腹手術を決断しなかったのか)」って。医療って、迷っている間に状況が変わる。結局、「迷った時にどうするか」が問われる、ということを宮崎先生は教えたかったのだと思います。
神野
そうですね。迷ったら前に進む。「開けてみたら大したことがなかった」ということもあります。でもその結果、患者さんも家族も医療者も安心できる。前に進むことでしか解決できない局面があるんです。宮崎先生の言葉は、その後の私の人生に大きな影響を与えました。
松本
政治も病院経営も同じですね。迷ったら前に進む。後悔するのは自分ですから。
神野
松本先生が千葉の北総病院(日本医科大学千葉北総病院)に行かれてから、ドクターヘリを活用した救急医療の第一人者として、テレビなどでよく取り上げられていらっしゃいました。ヘリから降りるや猛ダッシュで患者さんへ駆け寄り、手際よく応急処置や周囲に指示する姿を拝見する度に、「ああ、第二外科イズムがしっかり生きている」と感心しておりました(笑)。
失ってはいけない「医者の感性」

松本
こういう考え方って、ある意味、医療のデジタル化とは逆を行っているのかもしれません。もちろん、医療のデジタル化は進めるべきですが、その一方で、失ってはいけないものもある。医者が持っている「感性」みたいなものですね。AIが診断してAIが治療するような時代になったとしても、医者の感性は無くしてはいけない。「人は人が診る」。そこは残さないといけない。
神野
おっしゃる通りです。患者さんを前にした時の「何かヘンだ」とピンとくる感覚、暗黙知の領域は、そう簡単に代替できませんよ。特に我々外科医の「勘」や、命の瀬戸際での「決断力」などは、さすがのAIもマネできないと思います。
松本
まさにその通り。だから外科医という職業は最後まで生き残ると、私は確信しています。

神野
全く同感です。松本先生とは第二外科の医局だけでなく、私の病院でも一時期、ご一緒させていただきました。
松本
はい。1996年から1年間、恵寿総合病院にお世話になりました。外科医として赴任したのですが、救急医も兼任させていただき、神野先生のご配慮で救急部副部長を務めさせていただきました。
神野
松本先生は三度のメシより救急が好き、といった印象でした。救急車のサイレンが聞こえると、いつのまにか外来からいなくなって、救急センターに駆け付けていらっしゃった。
松本
そう。それで急きょカバーに入っていただいた先生によく叱られました(笑)。
神野
そうでしたね(笑)。
松本
七尾はとてもいいところでした。景色が美しく、穏やかに時間が流れていました。家内も気に入っていましたよ。ずっと住んでもいいと思ったほどです。
神野
ありがとうございます。しかし、七尾をはじめ能登は、いまだ震災からの復興途上にあります。特に能登北部の状況は厳しく、人口流出に歯止めがかかりません。能登の復興を考える時、やはり医療が1つのカギを握っていると思います。
能登を医療DXのモデル地域に
松本
昨年秋、第一次高市内閣で私がデジタル大臣に就任した際、総理が開口一番に「大臣は石川県出身でしたよね。能登の復興については、どうお考えですか」と尋ねられました。私はデジタル大臣である一方で医師でもあるわけで、復興と医療DXを組み合わせる仕掛けを考えなければならない、とその時に思ったのです。
神野
確かデジタル副大臣も医師ですよね。正副大臣がともに医師というのも、珍しいのではないですか。
松本
はい。総理指示書にも「医療・介護のDXを推進する」と書いてありました。私の前のデジタル大臣、平(将明)先生の総理指示書には「社会のデジタル化を進める」とのみ記されてあり、「医療・介護」の文字はありませんでした。明らかにこれは、私が医者なので、総理が「松本さん、ここ(医療介護)を特に進めてね」という意図を込めていらっしゃるのです。
神野
高市総理が医療を重視してくださっていることは感じておりましたが、あらためて大変ありがたく、励みになるお話です。
松本
総理の意図も汲み、私は能登を医療DXの1つのモデル地域にできないかと考えています。
病院だけでは復興にならず 地域全体の利便性向上を
神野
大いに賛成です。デジタルの便利さを全国に先駆けて享受できるようになれば、能登を離れた人が戻ってくるかもしれませんし、よそから人を呼び込むこともできるかもしれません。
松本
そうです。ただ、医療が復興の1つのカギを握るのは間違いありませんが、病院を建てるだけでは人は集まりません。地域全体の住みやすさ、利便性を高める必要があります。出て行った人だけでなく、都会の若い人も「住みたい」と思える条件、例えば通信環境であったり、交通、買い物、教育であったり。それらを整えたうえで、医療を提供するのが本来の姿です。それだけの条件を整えるのは一見、困難に思えますが、DXを駆使すればクリアできる可能性があるのです。
神野
何もないところに立派な箱だけこさえても、復興にはつながりません。まちづくりと医療をセットで整備すべきとのお考えは、私の持論と全く同じです。
松本
医療DXって、言葉としては広がっているけれど、具体的にどういう姿形なのかは伝わりにくい。ならば能登で、災害復興や地域振興にこんなふうに活かせるんだ、ということを具体的に示せないかと考えています。
神野
人口が減っていく地域の医療をどう支えるかは、能登だけの問題ではありませんからね。能登で1つの形を作れたら、「なぜ自分たちの地域でできないのか」という議論を全国に起こせるかもしれません。
松本
その通りです。既にその構想実現に向けて専従スタッフを充て、金沢大学や石川県、能登の各病院などに対するヒアリング等を開始しています。
オンライン診療の新たな可能性
神野
「安くて、早くて、うまい(質が高い)」。これが日本の医療のよいところだと言われていますが、能登はそれらが困難な状況にあります。もともと過疎と高齢化が著しく、そこに震災が起きてアクセス性はさらに悪化しました。
松本
能登は患者だけでなく医師も看護師も減っています。医療の質の維持とアクセスの問題は、これからさらに重くのしかかってくるでしょう。それらの問題点を補うツールとして、「オンライン診療」をはじめとする医療全体のデジタル化は、かなり役に立つと思います。
神野
オンライン診療では「自宅にいながら医師の診察を受けられる」という点が強調されがちですが、現実は、検査なしでは正確な診断ができない場合が少なくありません。
松本
ご指摘の通りです。ですので、患者さんには基本的な検査ができる近くの医療機関に来ていただき、そこで採血や尿検査、CT検査を受けていただいて、その結果を基に七尾や金沢、東京の専門医が診断する。そういうスタイルをとれば、都市部と大差のない上質な診療を受けることができると思います。
神野
能登北部の各公立病院に「オンライン外来」を設けるのもアリではないかと思います。一通り検査機器はそろっていますし、触診等もできます。
名医の手術を能登でも

松本
良いですね。ごく近い将来、診療だけでなく、手術も遠隔でできるようになります。能登にいながら国内外の名医の手術が受けられるのです。
神野
遠隔手術はダヴィンチやヒノトリなどの手術支援ロボットを通信回線で結んで行いますが、術者と患者の距離がかなり離れていますので、やはりタイムラグが気になります。
松本
数百キロから数千キロ離れていても、動作遅延は(0.1秒)前後に収まる実証実験が国内外で相次ぎ成功しています。仮に遅延があったとしても、熟練外科医であれば頭の中でリカバリー(修復・対応)できます。また、AIが通信遅延を瞬時に補正し、手振れや動作の微調整もしてくれれば、通常のロボット支援下手術と安全性や操作性に遜色なくなるでしょう。

神野
あとはロボットの購入・維持をどうするか、という点ですね。なにぶん、お高い代物なので。
松本
病院単位ではなく、能登北部の医療機関で1台購入し、必要時に各病院へ移動させるという方法もあります。
自動運転車で通院、買い物
神野
なるほど。高齢化が顕著な能登では通院が困難な方も少なくありません。運転手不足も他の地域以上に深刻で、公共交通の便が悪い地域が多く、能登にこそ自動運転のバスやタクシーを一日も早く走らせるべきだと思うのですが。
松本
まさにそうです。金沢大学発のベンチャー企業が今年1月に北海道で自動運転ロボットタクシーの実証実験走行を行い、雪道を延べ650キロ、無事走破しました。早ければあと数年内に、近所の医療機関への通院や買い物の足としてだけでなく、能登北部から七尾や金沢の病院まで自動運転バスやタクシーで通えるようになりますよ。

北海道の雪道を実証走行する自動運転ロボットタクシー
(写真はムービーズ提供)
神野
初めのうちは乗るのにちょっと勇気がいるかもしれませんが、アメリカやヨーロッパなどでは、もう普通に走っていますからね。ところで能登は震災で道路網がズタズタに寸断され、港も海底隆起で利用できない状況が長く続きました。唯一「無傷」だった空を、被災者の支援や物流にもっと活用できていれば、助かった命も増えたでしょうし、復興のスピードも速まったのではないかと思います。
アクセス性向上へ「空」を活用
松本
同感です。救急現場は時間との勝負です。1分1秒でも早く初期対応しなければなりません。そういった点からドクターヘリの活用が望ましいのですが、ヘリの代替として「空飛ぶクルマ(※)」という手もあります。ヘリに比べると導入費や運用費を低く抑えられ、整備も簡単です。ヘリポートもいらず、コンビニ駐車場程度の広さがあれば着陸できます。
神野
能登北部は元々平地が少なく、その少ない平地に仮設住宅が建設されたことで、ドクターヘリの着陸地点が激減しました。ヘリでは無理な狭小地でも「空飛ぶクルマ」は着陸できるので、新たな救急医療ツールとして期待が持てます。

規制緩和し、能登上空に「経済圏」
松本
能登の上空に「低空域経済圏(※)」を作りたいと考えています。「空飛ぶクルマ」や「ドローン」をどんどん飛ばして、医療や生活の利便性の向上に役立てるのです。医薬品の搬送から始めて、食品や日用品なども届けられるようにしたいですね。
神野
能登の空を、人や物が行き交う「第二の里山海道」にするわけですね。ただ、「ドローン」や「空飛ぶクルマ」は、現状では飛行可能エリアが限られています。実は私の病院が震災前に立てたBCP(事業継続計画)に、ドローンを災害時の医療物資配送に活用することを盛り込んであったのですが、市街地上空など飛行禁止エリアが思いのほか多く、実現できませんでした。
松本
航空法などの縛りがあるからですが、そこは規制緩和が必要ですね。デジタル庁はドローン配送や自動運転などの「準公共サービス」の社会実装を強力に推進しています。ましてや復興を進めるうえで今の枠組みが支障を来すようなら、新しい枠組みに変えていくべきです。救急医療用はOKにするなど、方法はあります。私が国会議員の間は規制緩和をしっかりやらせていただきますよ。
神野
期待しております。せっかく非常時に活かせる道具があるのに使えないのは、まさに「宝の持ち腐れ」ですので。
松本
当面は特定ルートでの運航になると思いますが、それでも陸路に比べれば搬送時間は大幅に短縮されます。必要な時に必要な医療を迅速に提供できる経路を作ることが、まずは不可欠です。
神野
何十分もかけて移動しなくても薬がドローンで自宅近くに届くようになれば、それだけでも大きな安心になります。物流や移動は医療の外側の話に見えて、実は医療の一部。そこまで含めて設計すると、能登でも結構快適に暮らせるという希望につながると思います。
医療提供の安定確保へ 急ぎたい電子カルテの共有化
松本
能登の全医療機関の電子カルテ情報の共有化も喫緊の課題です。政府が全国で進める「電子カルテ情報共有サービス」の一環でもあるのですが、能登のような高齢化と医師不足が進む過疎地やへき地では特に、安定した医療提供体制の確保に欠かせないシステムです。復興費用も財源に充てるなどして、年度内にも着手したいと思っています。
神野
能登では今も紙のカルテを使っている診療所が少なくありませんが、逆にゼロから始める方が協力を得やすいかも知れません。使い慣れているシステムに、いちいち合わせる必要がないので。
松本
私もそう思います。日本の医療DXが遅れている理由の1つに、過度なカスタマイズが電子カルテの導入と活用を阻害している点が挙げられます。私もかつてそうでしたが、医療現場で働いている先生方は、システムを自分たちの業務に合わせようとしたがります。しかし、それではベンダー(販売業者)に負荷がかかり、システムが機能するまでに時間を要します。先生方にはぜひ、自分たちの業務をシステムに合わせるようにしていただきたい。
「標準化」でコストも抑制
神野
以前、医療情報システムを開発・販売する企業のトップに、個別カスタマイズを行わない電子カルテを作り、その分コストを下げるよう助言しました。それが結構ヒットして、今、1000病院ぐらいが導入しています。全ユーザーが同じ標準パッケージを使用することで低コスト・短期間での導入と、アップデートの迅速化、改善点の共有化などにつながったのです。
松本
神野先生は常に時代を先読みされて、一歩前を進んでいらっしゃる。今のお話の通り、システムの標準化は避けて通れません。検査結果や病名などのデータだけでなく、紹介状などの「文書」も含めて共有化させるには、共通の土台が要ります。そして、業務をシステムに合わせる覚悟がないと普及も横展開もできません。
神野
部分最適の積み重ねが全体最適を壊してしまっては本末転倒です。医療者の働き方を守り、患者さんの利益につなげるためのDXですからね。
サイバー対策強化が医療の命綱 基幹インフラに追加
松本
高市総理は経済安全保障推進法を改正し、特定社会基盤(基幹インフラ)に医療を追加指定する方針を示しました。水道やガス、発電所などと並ぶ基幹インフラに医療が位置付けられるのは、近年、医療機関を標的としたサイバー攻撃が急増し、診療停止などの深刻な影響が出ているためです。
神野
サイバーセキュリティーがこれからの医療の「命綱」となることを、あらためて痛感します。
松本
復興モデルを作るなら、サイバー対策まで含めた「強い医療」を設計しないといけません。セキュリティーの強化にはコストもかかりますが、患者の命を守る上で極めて重要であり、そこに投資する価値は大きいと思います。
神野
高市総理は施政方針演説で「日本列島を、強く豊かに」と述べられました。その言葉になぞらえて、医療DXで「能登半島を、強く豊かに」していきたいですね。引き続き大臣のお力添えをお願いいたします。
松本
おお、最後にこの対談のキーワードが出ましたね(笑)。石川で、能登で、医療DXを一気呵成に進めるには、いろいろな意味で今がベストタイミングだと思います。私もふるさと石川のために、大好きな能登のために、精一杯、尽くす所存です。
神野
大変心強く思います。本日はありがとうございました。
(※用語の解説)
- 【宮崎逸夫氏】 金沢大学医学部卒。1974年から97年まで金沢大学旧第二外科学教室主任教授、1994年から1期2年間、金沢大学附属病院長を務めた。消化器外科、とりわけ胃がんの権威で、「拡大郭清(かくせい)術」の提唱者としても知られた。
- 【空飛ぶクルマ】 電動で垂直に離陸できる乗り物の総称。定員は数人程度が一般的で、ヘリに比べて静粛性に優れ、離着陸場も小さいため都市部や平地の少ない山間地でも運航しやすい。都市の渋滞解消や、交通事情の悪い地域、へき地・離島などでの新たな交通手段としての利用が期待されている。
- 【低空域経済圏】 地上から高度1000メートル以下の空域での新たな経済活動。従来は航空法等の規制により空域の利用は厳しく制限されていたが、ドローンや空飛ぶクルマの実用化を見据え、新たな規制緩和や制度整備が進められている。
