
「成果報酬付与が励みに」
近年、医療界の〝絶滅危惧種〟といわれる外科医。その一方で、外科治療の実績が病院の勢いを示し、患者が信頼を寄せる指標の1つであるのも事実です。富山医療圏の拠点病院の1つで県内の病院では最も長い歴史を持つ富山赤十字病院の平岩善雄院長、芝原一繁副院長が、芝原副院長の金沢大学の後輩である同大学消化管外科学・乳腺外科学の稲木紀幸教授と、外科医が元気に活躍する病院となるヒントを探りました。(以下敬称略)

富山赤十字病院 副院長
医療局長兼第一外科部長
芝原 一繁 氏
富山赤十字病院副院長・医療局長兼第一外科部長
1993年 金沢大学医学部卒業 同大学第一外科入局
1998年 金沢大学大学院医学研究科 修了
2001年 富山赤十字病院
2006年 同外科部長
2022年 同医療局長
2024年 同副院長

富山赤十字病院 院長
平岩 善雄 氏
富山赤十字病院院長
富山赤十字病院看護専門学校校長
富山県立乳児院院長
日本赤十字社院長連盟副会長、中部ブロック代表
1980年 金沢大学医学部卒業
1984年 金沢大学医学部大学院修了
1984年 日本赤十字社富山赤十字病院入社
1989年 内科部長
2003年 副院長
2013年 院長

金沢大学医薬保健研究域医学系
消化管外科学/乳腺外科学 教授
稲木 紀幸 氏
金沢大学医薬保健研究域医学系 消化管外科学/乳腺外科学 教授
金沢大学附属病院 副病院長(総務・人事担当) 消化管外科 科長
1997年 金沢大学医学部卒業
2003年 金沢大学大学院外科学第一修了
2004年 ドイツ テュービンゲン大学外科 低侵襲外科
客員外科医師
2006年 金沢大学大学地域医療学 助手、助教
2007年 石川県立中央病院 消化器外科医長、診療部長
2018年 順天堂大学消化器・低侵襲外科学 先任准教授
2021年 金沢大学医薬保健研究域医学系
消化管外科学/乳腺外科学 教授
労働環境改善へ
内科医の協力も得て
病院全体で体制整備を

平岩
稲木先生には遠路お越しいただきまして、ありがとうございます。私たちの病院は救急医療・高度急性期医療を提供する地域拠点病院ですが、近年は内科医の数が外科医を上回っています。かく言う私も内科医ですが、地域拠点病院は本来、外科医中心の姿が望ましく、優秀な外科医をいかに確保するかが、急性期らしく生き残れるかどうかの生命線でもあると考えております。また、外科医不足は当病院だけでなく、地域医療全体に深刻な影響をもたらす問題です。本日は、稲木先生に大学病院での取り組みなども交えて、ご助言をいただければと思います。
稲木
お声がけしていただきまして、こちらこそありがとうございます。
大学と輪島で一緒に勤務
平岩
稲木先生と芝原副院長は金沢大学第一外科時代の先輩・後輩であり、市立輪島病院でもご一緒に勤務された時期があったそうですね。
稲木
そうなんです。芝原先生との最初の出会いは私が入局一年目の時でした。当時の医局はオーベン(指導医・上級医師)、チューベン(若手医師)、ウンテン(研修医)の三層構造になっていて、その時のチューベンの先生のお一人が芝原先生でした。オーベンの先生は雲の上の存在でしたので、年齢も比較的近い芝原先生らチューベンの先生方から外科医の基礎を教えていただきました。また、チューベンの先生方が楽しそうに活躍されている姿がうらやましくて、自分も早く一人前になりたいと思ったものでした。
芝原
懐かしいですね。私の頃は入局者が12人もいて、医局内は、わいわいがやがやと賑にぎやかでした。
稲木
当時の医局は大所帯で、体育会系の乗りみたいな雰囲気もありました。
平岩
外科医が医療界の「花形」と呼ばれた、古き良き時代ですね。
研修3年目で全て任され
稲木
そうですね。私は研修3年目と4年目の半分を市立輪島病院で過ごしており、4年目の春に芝原先生が上司として着任されました。
芝原
そのころ稲木先生は独身で、私も途中まで独り身だったので、院外でも結構、つるんでましたよね(笑)。
稲木
そうでしたね(笑)。もちろん楽しい思い出だけでなく、手術の指導をしっかりとしていただきましたし、論文の書き方や、どの学会に入会すれば良いか、といった相談にも乗っていただきました。
芝原
頼りない先輩だったと思いますよ(笑)。
稲木
いえいえ。私は、輪島の前の研修先が横浜の関連病院でした。大病院で、外来を持たずに手術と術後の病棟管理に専念していました。ところが輪島では、外来を持ちながら、術前検査から手術、術後管理、フォローアップまで、全てこなすことを求められました。あまりのギャップに戸惑い、芝原先生によく相談したのを昨日のことのように覚えています。
平岩
研修3、4年目の若手が、そこまで任されていたのですか。
稲木
はい。大変でしたが、やりがいも感じていました。
平岩
今の若手はそんなに早くに手術をさせてもらえないのではないですか。
芝原
いえ、逆に最近は若手になるべく早く手術を体験させることが奨励されていて、無理やりやらせている感じもします。世の中の流れがそうなったから、うちも早いとこやらせておかないと、みたいな。昔はもっと自然な形で若手に手術の機会が与えられていたように思います。輪島時代、稲木先生に「今度の手術、君も一緒にやるか」と尋ねると「はい!」と目を輝かせ、張り切って手術に臨んでいましたよね。
稲木
よくご一緒に手術をさせていただき、感謝しております。
平岩
お二人の話を聞いていると、昔は外科医が生き生きと輝いていたのだな、とあらためて感じます。その外科医が今や「絶滅危惧種」といわれています。
「わが子に外科医勧める」15%
学会理事長名で協力要請文
芝原
日本消化器外科学会が先ごろ、調憲理事長名で学会に加盟する全国の病院長宛てに、消化器外科医の減少に歯止めをかけるために協力を要請する文書を送ってこられたのも衝撃的でした。
65歳未満の消化器外科医が5年後に13%、10年後には26%減少するとの予測や、会員へのアンケートで「自分の子供に消化器外科になることを勧める」と答えた医師が15%しかいなかったことも記載されていました。
平岩
まさに「危惧種」ですね。外科医は私ら内科よりも治療結果がすぐに出るので、それに対する評価、社会の目が時代の変化とともに厳しくなったことも一因ではないですか。
稲木
昔は「先生にお任せします」という患者さんも多くいらっしゃいましたが、最近は患者さんの意識も変わりました。一方で、医師の権利意識も強くなり、外科医はきつくて、ろくに休めず、自分たちの権利があまり守られない診療科だと認識されて、敬遠されている一面はあると思います。
芝原
昔は皆、外科医の仕事に「やりがい」を感じていましたが、最近の研修生らを見ていると「やりがい」よりも「重荷」と感じて、外科医を選択肢から外すケースが少なくありません。特に地方の病院は1人の医師の受け持ち範囲が広く、重責を負っている割には得られるものが少なく、リスク面ばかり強く感じてしまう若い先生も多い印象を受けます。
コスパもタイパもNG!?
平岩
20年前に初期臨床研修制度が始まり、研修生が各診療科の様子をつぶさに見て回るようになったことも影響していませんか。あそこの診療科は消化器外科よりも楽そうだ、と感じて進路を変える例もある気がしますが。
芝原
少なからずありますね。初期臨床研修制度が始まったころから「コスパ(※)」「タイパ(※)」が盛んに言われるようになり、消化器外科はそのどちらも良くないと思われている節はあります。
平岩
金沢大学では外科医の負担を軽くするために、どのような取り組みをされていますか。
稲木
一人主治医制からチーム制に移行したり、当直制をやめて自宅待機で何かあったときに対応する「オンコール」制を導入したりしました。朝7時台や夜間に行うことが多かったカンファレンスやMR(医薬品情報提供者)と接する時間帯も見直し、基本的に手術以外は全て就業時間内に済ませるようにしています。それと、土日曜の回診も交代制にして、休日をしっかり確保できるようにしました。
業務分担し負担分散を
平岩
内科の力をもう少し借りるというか、タスクシフトをしてはどうでしょうか。
稲木
外科はオールマイティープレイヤーとして頼られ、内視鏡検査もケモ(化学療法)も自分で全てやってしまうことが多いですよね。平岩先生がおっしゃるように、これらをもっと内科にシフトまたはシェアして、手術に専念できるようになれば、外科医の仕事量はかなり減り、医師の数もそこまで多くなくても良くなると思います。
芝原
金沢大学附属病院の消化管外科と消化器内科は、かなり連携しているとお聞きします。
稲木
はい。定期的に合同カンファレンスを開いてコミュニケーションを取っており、ある疾患では内視鏡と腹腔鏡の合同手術を実施したり、化学療法と外科手術の組み合わせなどでも連携したりしています。
平岩
内科も一緒になってスキルアップすることが、ひいては外科医の負担軽減にもなるのですね。
芝原
外科医だけでは限界があり、病院を挙げての体制整備が大切ということですか。
稲木
その通りです。ただ、正直申しまして金沢大学も、内科とのタスクシフト・タスクシェアに関しては、まだ十分とは言えない状況です。
芝原
うちも外科医の守備範囲は化学療法から緩和治療までと、かなり広いのですが、内視鏡に関しては健診などを除き、消化器内科の先生にお任せするケースが増えています。この点は役割分担がある程度進んでいるのかな、とも思います。
平岩
外科医の数を増やすことだけに目が行きがちですが、医療現場でのタスクシフト・タスクシェアをもっと進めることも重要なのですね。
稲木
はい。本来ならこれらの進捗状況も勘案して、その病院の外科医の人数が適正かどうかを判断すべきだと思います。
労働環境より賃金に不満
平岩
調理事長名で届いた学会からの文書には、消化器外科医の長時間労働など厳しい労働環境の実情が、あらためて浮き彫りになっています。その一方で、多くの会員は勤務時間よりも賃金に対する不満の方が大きい、と指摘しています。外科医の給与のベースアップの必要性は以前から理解はしていますが、なかなかの難題です。
稲木
ベースの見直しは他の診療科との兼ね合いなどもあって、実現は困難です。それよりもインセンティブ(成果報酬)を積極的につけるようにしてはどうかと思います。例えば手術をした場合などに何らかのインセンティブを上乗せしていただけると、外科医の励みになります。
芝原
確かに、若い先生方からは、せめて緊急手術や時間外手術に対するインセンティブだけでもつけてほしい、という声は聞こえてきます。
20年前の輪島病院がインセンティブ導入
稲木
実は私たちが勤務していた20年前の輪島病院ではインセンティブが導入されていたんです。例えば「ポリペク(※)」をしたらその保険点数の何%かを上乗せし、手術も術者と助手にそれぞれ保険点数の何%かが加算されました。当時は外科医が全身麻酔をかけなければいけない状況でしたが、麻酔をした際もインセンティブがあり
ました。
※【ポリペク】 ポリープを内視鏡を使って
切除する治療。ポリペクトミーの略
芝原
そうだったの?確かに輪島病院の給与はかなり高かったけど。
稲木
はい。それで私は手術を何件でもこなすぞ、ポリープもいくらでも取るぞ、とモチベーションが上がっていました。
平岩
うちの病院は外科に特化したインセンティブはなくて、各科共通の時間外手当しかありません。時間外は自院の采配でできますが、それ以外は原資の確保も含め、単独では難しいのが実情です。日赤本社にはグループ全体で対処してほしいと申し上げていますが、なかなか明快な返答は引き出せません。
芝原
ロボット支援手術など手術の高度化に伴い、インセンティブを求める声は今後、さらに高まると思われます。平岩院長にはぜひ強力なリーダーシップを発揮していただき、なんとか段階的にでも、外科医の待遇が改善するよう働き掛けをお願い致します。
平岩
輪島時代の稲木先生のように、外科医のモチベーションを上げるうえで、なんとか早めにインセンティブを付けなければいけませんね。
芝原 稲木
是非お願いします。
負担軽減にロボットが貢献
平岩
芝原先生のお話にあったロボット支援手術に関しては、富山赤十字病院も今年度、ダヴィンチと整形外科手術支援ロボットを導入しました。ロボットは、患者さんだけでなく医師の負担軽減にも役立ってくれています。整形外科の「Maiko」というロボットは、関節を人工関節に置き換える手術時に骨を削り過ぎようとしたり、切ってはいけない部位を切ろうとしたりするとアームが止まって防いでくれます。治療計画がしっかりしていれば、若手でも熟練医と変わらない手術ができる可能性もあるそうです。
稲木
私たち消化器外科医が使用するダヴィンチも、術者の肉体的、精神的なストレスの軽減に貢献してくれています。
平岩
それにロボットは若者の関心が高く、外科に興味をもつ動機付けにもなるでは、と期待しています。
稲木
ただ、ダヴィンチを保険適用で運営するには、年間当該手術を何件以上実施している施設でなければならない、などの基準があります。それとなにぶん高額で、操作する術者は免許の取得も必要です。このため導入できる病院が限られる点がネックでもあります。
連携医の信頼、地道に築く
平岩
手術件数を増やすうえで、地域医療連携医の協力が欠かせません。連携医との協力強化については、どのようにお考えですか。
稲木
ある先輩がご自身の体験から「(連携医との)信頼を築くには3年かかる」と言われました。その信頼をどうやって築くのかと言いますと、懇切丁寧に患者情報を交換することはもちろん、 外科医であっても検診現場に出向いて地域の先生方と顔を合わるなど、地道な活動の積み重ねしかないように思います。そして紹介して頂いた患者さんに良い医療を施して地域にお返しすることで信頼が強まり、紹介先として真っ先に頭に浮かべて頂けるようになると思います。
芝原
うちの病院では開業医の先生方と顔の見える関係を築くために「地域医療連携の会」を作り、定期的な研修会を通じて情報交換し、紹介患者さんの一貫した治療に努めています。稲木先生のご指摘の通り、地域連携は日ごろの信頼関係がないと成り立ちませんからね。
平岩
本日の対談を通して、外科医を増やすのはやはり容易ではありませんが、外科医が手術などで輝ける時間を増やすことは、取り組みによって可能であると思いました。それが、若い医師に外科医の魅力を感じ取ってもらうことにもつながるのではないでしょうか。本日は貴重なご意見、ご提言をありがとうございました。
