【WEB版】エキスパートに聞く「緑内障」

知らぬ間に視野が少しずつかけていく緑内障は、日本人の中途失明原因の第一位です。この病気の怖いのは、患者がわずかな目の異変に気づいたころには、多くの場合、既にかなり進行しているという点です。日本緑内障学会理事で金沢大学眼科教授の杉山和久先生に、早期発見の仕方や治療法などについてお聞きしました。

杉山 和久 氏
金沢大学医学系長・医学類長
金沢大学眼科教授・診療科長

1984年 金沢大学医学部卒。岐阜大学眼科助教授を経て2002年、金沢大学医薬保健学域医学系眼科教授に就任。金沢大学附属病院副院長なども務め、2020年から同大学医学系長・医学類長。日本眼科学会理事、日本緑内障学会理事。

40歳以上の20人に1人が罹患

緑内障は、目と脳をつなぐ視神経が障害され、徐々に視野障害が広がっていく病気です。視野欠損は周辺部から始まると思われがちですが、実際には周辺と中心部近くの両方から、ほぼ同時に始まることが多く、最終的にはその両方の欠損部分がつながって失明に到ります。
 
眼球は「房水」と呼ばれる液体で満たされています。何らかの原因で房水の排出路にあたる部分(線維柱帯)が目詰まりすることで房水の流れが悪くなり、少しずつ眼圧が上昇して緑内障を引き起こします。

患者の9割、自覚なし

緑内障は決して珍しい病気ではありません。私が岐阜大学時代に参加した日本緑内障学会の疫学調査「多治見スタディ」(※)で、40歳以上の20人に1人が罹患していることが判明しました。

※多治見スタディ/日本緑内障学会多治見疫学調査の通称。同学会と岐阜県多治見市が同市において 2000年から2001年にかけて実施した緑内障有病率調査。
 
視野の欠損になかなか気付かないのは、片方の目に見えない部分があっても、反対側の目で補ってしまうからです。また、片目で見た場合でも、ある程度までの欠損であれば、欠けた部分を脳の働きで補ってしまい、異常に気付かないことが多いのです。多治見スタディの調査では、有病者の約9割が罹患に気づいていなかったり、緑内障の診断を受けていなかったりする潜在患者でした。

視力検査は「異常なし」

また、ほとんどの緑内障は視力検査では見つけることはできません。末期になっても視力が1.2や1.5もある人が少なくないのです。さらに厄介なのは、眼圧検査でもチェックが難しいことです。一般に正常眼圧は10~20mmHg(ミリメートル水銀柱)とされており、これを超えると緑内障にかかりやすくなります。

しかし、正常眼圧であっても視神経が侵されるケースは珍しくありません。正常眼圧緑内障といい、日本人に特に多いのがこのタイプです。多治見スタディでは有病が確認された人の約7割が正常眼圧でした。眼圧上昇を伴う緑内障以上に発覚しづらく、他の疾患で眼科を受診し、偶然に見つかる場合が多いのが実情です。
 
一度失われた視神経はもとに戻りません。治療に欠かせないのは、やはり早期発見です。40歳を過ぎたら、人間ドックや職場の定期健康診断、自治体の住民健診などで定期的に眼底検査を受けることを強くお勧めします。金沢市が実施する「すこやか健診」でも眼底写真による検査は受けられます。眼底写真によって、糖尿病網膜症や加齢黄斑変性症など、緑内障以外の目の病気の有無も分かります。
 
また、クリニックや病院では、目の精密検査「OCT(光干渉断層計)」を受けることができます。眼底写真では網膜を平面的にしかとらえることができませんが、OCTは網膜の厚みなどを立体的に撮影でき、より精緻で的確な診断ができます。

片目ずつセルフチェックを

目に少しでも違和感を覚えたら早めに眼科を受診するようにしてください。特段違和感がなくても、年に1回で十分ですので、ドックや住民健診、あるいはお近くの眼科医で、眼圧や視力も含めて目に異常がないかチェックしていただきたいと思います。
 
自宅などで時々、ご自分の視野の確認を行うこともお勧めします。その際は必ず片方の目をふさいで、片目ずつ行うようにします。明るい部屋の白い壁または明るい色の壁の前に立って、片目で一点を見つめます。視野の一部に影や霞かすみがかかったようにぼやける部分がないかをチェックします。特に鼻側に注意してください。

突然発症、頭痛や吐き気

ここまでお話ししたのは、痛みもなく進行も緩やかな慢性緑内障(開放隅角緑内障)についてですが、これとは別に、突然、目の痛みや激しい頭痛、吐き気などに襲われる急性緑内障(急性閉塞隅角緑内障)があります。
 
そのままにしておくと短期間で失明してしまう可能性が高まりますので、すぐに近くの眼科にかかってください。ただ、症状から風邪や頭の病気などを疑ってしまい、治療が遅れるケースが少なくないのも、急性緑内障の怖いところです。

7割が正常眼圧、年1回は眼底検査を
 
緑内障の治療法は大きく分けて、「薬物療法」「レーザー治療」「手術療法」の3つです。慢性緑内障では早期の場合、点眼薬によって眼圧を下げる薬物治療が中心になります。近年は2種類の点眼薬を一つにした合剤が開発されて、さしやすくなりました。1種類ずつ別々にさすよりもさし忘れが減り、結果的に眼圧が下がるケースも多くなっています。

目薬は継続が肝心、習慣付けを

点眼薬治療は継続せることが大切です。言わば一生涯、毎日、目薬をさし続ける必要があるのですが、仕事が忙しかったり、面倒くさくなったりして、途中で治療をやめてしまう人も少なくありません。目薬をさすことの重要性を認識し、ぜひ、習慣づけるようにしていただきたいと思います。
 
点眼薬で抑えられない場合や急性緑内障の患者さんにはレーザー治療を行います。近年は、房水を産生する毛様体などの眼球組織に損傷を与えることなく眼圧を下降させる「マイクロパルスレーザー」が普及しつつあります。より安全、低侵襲で、眼圧下降効果も高く、レーザー治療の有効性はかなり高まっています。

金大眼科、全国屈指の手術数

点眼薬やレーザー治療でも十分な効果が得られなかった場合は、手術を検討します。金沢大学眼科では年間約500件の緑内障手術を行っており、これは全国屈指の多さです。
 
重症の場合は「線維柱帯」をメスで切って流れを良くする「繊維柱帯切除術(トラベクレクトミー)」が主流ですが、最近ではそういった本格的な手術をする前に、体への負担が小さい「低侵襲緑内障手術(MIGS=ミグス)」を実施するケースが増えています。
 
その1つ、アイステント手術は、直径0・36ミリのアイステントというチタン製の器具を繊維柱帯に2カ所埋め込む手法で、片目ずつ1週間ほど間隔を空けて行います。出血も微量で、合併症も少なく、日帰りで手術ができます。
 
「ミグス」の術後も眼圧が下がらない場合、金沢大学では「トラベクレクトミー」のほか、眼球に房水を抜くチューブを取り付ける「インプラント」を埋め込む「チューブシャント手術」などを行っています。

手術は大型画面を見ながら

金沢大学では、従来のように手術顕微鏡を覗のぞくのではなく、55インチの大画面モニターで4Kの立体画像を見ながら手術を行う「ヘッドアップサージェリーシステム」を取り入れています。解像度が非常に高く、顕微鏡よりも鮮明で、画面の色調や明るさも術中の所見に合わせて変更することができます。専用ゴーグルをかければ術者と同じ目線で、助手や手術室スタッフ全員が画像を共有できますので、研修教育やチーム医療にも大変有用です。
 
また、顕微鏡手術を行う医師は、うつむいた姿勢が長時間続くため、腰や首の痛みを抱えた人が少なくありません。その点、この新しい手術システムは、真っすぐな姿勢を保てますので、患者さんだけでなく、医師の体への負担も軽減してくれます。

アイフレイルのうちに発見を

緑内障は生活習慣病ではありません。食生活の改善などで予防できるというわけではないのです。ただ、どの病気にも言えますが、規則正しい生活を心がけることは大切です。喫煙は視神経にも悪影響を与えることが分かっていますので、控えてください。
 
全ての患者さんというわけではありませんが、遺伝的な要因があることも分かっています。家族に発症歴のある人が患者全体の約20%を占めるとされ、原因遺伝子の一部も見つかっています。
 
それと、緑内障は加齢によって発症リスクが高まります。眼球は加齢に伴い衰え、様々なストレスに耐える力が弱まって眼病にかかりやすくなります。この状態を「アイフレイル」(※)といいます。

※アイフレイル/加齢に伴って眼が衰えてきたうえに、様々な外的ストレスが加わることによって目の機能が低下した状態、またそのリスクが高い状態。日本眼科学会や日本眼科医会など5団体でつくる「日本眼科啓発会議」が、要介護の手前の虚弱な状態を指す言葉「フレイル」にちなんで名付けた。

アイフレイルから緑内障へ移行するケースも多く、そうならないために、アイフレイルのうちに眼科健診を定期的に受けるようにしましょう。日本眼科啓発会議では、アイフレイルかどうかを自分で判断できる10項目のチェックリストをまとめ、公式サイト(http://www.eye-frail.jp)に掲載しています。2項目以上が該当する人はアイフレイルの可能性があります。

アイフレイル公式サイトのチェックリスト

冬は眼圧上がる傾向

冬は眼圧が高くなる傾向にあり、緑内障の治療を目的に来院される患者さんも多い印象がありますので、特に注意が必要な季節といえます。
 
中途失明者の中には家に引きこもり、精神的に落ち込んでしまう人も少なくありません。寝たきりになるケースもあります。目の健康を保つことは、人生を楽しくすごすうえで不可欠であると同時に、要介護状態にならず健康寿命を延ばすことにもなります。目が疲れやすくなった、まぶしく感じやすい、暗くなると物が見えにくい。このような視機能の低下を「歳のせい」と軽く考えず、ぜひ早い段階で受診などの対策を取るようにしてください。