医療職で最大の人数と存在感を誇る看護師。看護のあり方が医療の質を左右すると言っても過言ではありません。一方で、少子高齢化社会の進行や国民の価値観の変化は、医療提供体制の継続にも影響を及ぼしています。石川県という地域的視野、そして全国的な視野で、看護職の現状と課題、今後の展望について、石川県看護協会の小藤幹恵会長と社会医療法人財団董仙会の神野正博理事長が意見を交わされました。
公益社団法人石川県看護協会会長
小藤 幹恵 氏
1979年 金沢大学医療技術短期大学部看護学科卒業、金沢大学医学部附属病院に勤務
1988年 金沢大学医療技術短期大学部助手
1998年 金沢大学医学部附属病院副看護部長
2005年 同看護部長
2006年 同大学医学部保健科臨床教授を兼務副病院長に就任
2018年 定年退職し、公益社団法人石川県看護協会副会長に
2019年より現職
明星大学人文学部心理・教育学科 卒業
千葉大学大学院看護学研究科 修了
社会医療法人財団董仙会理事長
神野 正博 氏
1980年 日本医科大学卒
1986年 金沢大学大学院医学専攻科卒(医学博士)、金沢大学第2外科助手を経て
1992年 恵寿総合病院外科科長
1993年 同病院長(2008年退任)
1995年 特定医療法人財団董仙会(2008年11月より社会医療法人財団に改称、2014年創立80周年)理事長
2011年 社会福祉法人徳充会理事長併任
働きやすい環境の創出を
神野
小藤会長とお話しさせていただくのは今回が初めてですが、実は以前からご縁もありまして。私の父(神野正一董仙会初代理事長)が金沢大学(附属病院)に入院していた頃に確か、お世話になったのではないでしょうか。
小藤
はい。私たちが看護いたしました。当時のお父様のご様子など、今も鮮明に覚えております。
神野
その節はわがままな患者だったかもしれません。お世話になりました(笑)。きょうは何卒、よろしくお願い致します。
小藤
ご多忙のところ、私どもの協会までお越しいただきまして大変恐縮です。私の方こそ神野先生に、医師の視点と病院経営者のお立場から、ご知見を賜りたいと思います。
神野
今ほどのお話にありました病院経営者の立場から申しますと、私の知る限り、どこの病院も看護師不足に頭を抱えています。看護協会では看護師の需給状況について、どのように見ていらっしゃいますか。
募集8000、希望者500
「夜勤もOK」は60人!?
小藤
県看護協会が運営する知事指定の無料職業紹介所「ナースセンター」を見ておりますと、年間に県内700余りの医療・福祉施設から、延べ8000人を超える求人が寄せられています。これに対して、実際に仕事をしたいと思っている看護師は、500人もいません。そのうちの半分ほどは臨時的な働き方を望んでいます。
月3日だけ勤務
神野
パート勤務のことでしょうか。
小藤
いえ、もっと短時間の、限定的な勤務です。修学旅行に付き添ったり、スポーツ大会の救護班員を務めたりして、月に3日とか5日だけ働く、といった感覚です。
神野
いわゆるイベントナース、ツアーナースですね。やはり常勤希望者は少ないのでしょうか。
小藤
その「常勤」の概念が、働く側と求人側で異なっているのです。求人側の「常勤」は夜勤を含めていますが、働く側の「常勤」はほとんどの場合、日勤だけを指しています。夜勤を含む「常勤」で働きたいという人は年間60人いるかいないか、というのが実情です。
神野
人材を集める最大のネックは夜勤だということを、あらためて思い知りました。確かに、私どもの病院も含めて、夜勤を敬遠する看護師は多いです。しかし、そうは言っても、夜間に看護師がいないと、病院医療は成り立ちません。この難題に、どう向き合えば良いとお考えでしょうか。
女性の役割、見直して
家族の心からの応援が力に
小藤
夜勤にやりがいを見出し、前向きに従事している方も一定数います。しかし、そういった人たちが一向に増えない、むしろ減っている大きな要因に、日本の社会の、女性の役割に対する根本的な考え方があると思います。
神野
最近は男性の看護師も増えていますが、まだまだ圧倒的に女性が多い職種ですからね。男女共同参画が言われて久しいですが、日本ではいまだに女性が子育てを担うのが一般的です。
育児、介護で手いっぱい
小藤
はい。「くたくたになって帰宅した夫に小さな子供を押し付けて、働きに出るなんて」とか「子供が小さい間は、朝起きたときや夜寝るときぐらいは母親がそばにいた方がいい」といった、日本古来の「常識」といいますか「倫理観」に縛られて、どこか後ろめたさを感じながら夜勤をしている人が少なくないのです。「家庭を守るのは女性の役割」という考え方を無意識のうちに受け入れていることが、夜勤離れ、さらには離職に繋がっている側面は否定できないと思います。
神野
子育てに加えて、親の介護もありますしね。
小藤
おっしゃる通りです。若い人たちは子育て、中高年層は親の介護、最近はその両方を同時に負担する「ダブルケア」も増えています。多くの女性は家庭のことで手いっぱいで、仕事との両立を持続できない状態にあります。
神野
親の介護や保育園の送り迎えなどがあるために、夜勤を避け、限定的な勤務時間を希望する人も多いのでしょうね。
小藤
ご推察の通りです。周りに、「あなたは大事な仕事をしているのだから家のことは気にしないで。何時に帰ってきても大丈夫だから」と、心の底から応援してくれる人がいるかどうか。このことが一つの重要なポイントだと思います。
夜勤時短の2交代制
勤務シフトを工夫
神野
国は女性活躍の推進を叫びながら、具体的にどうサポートするのかを示していません。看護師をはじめ女性が社会でもっと活躍するには家族、特に夫の協力が欠かせないと思います。そのためには例えば、男性も気兼ねなく育児休暇を取得できる環境が必要ですよね。
小藤
育児休暇を取得した人が昇進や人事異動などで不利益を受けないようにすることも大切です。私どもの協会は日本看護協会とともに、看護師が健康で家庭との両立もしやすいように、夜間時間数を短くすることや、昼夜遷移の少ない勤務シフトの構築に取り組んでいます。夜の時間帯の短い二交代制、つまり夜勤時間を12時間程度とし、月のシフトは前半の2週間は日勤のみ、後半の2週間は週1~2回、夜勤が入るようにしてはどうかと考えております。
神野
なるほど。休みが多く取れて、生活にメリハリもつきやすいのではないでしょうか。看護師が健康でなければ患者さんの安全は保てませんからね。
石川県の看護師離職率
コロナ禍境に全国上位に急上昇
小藤
おっしゃる通りです。それと、ちょっと気になるデータがありまして。実は、石川県の看護職の離職率が急上昇しているのです。以前は都道府県別で40位ほどの低さだったのに、コロナ禍以降、一気に10位代にまで上がりました。
神野
コロナ禍は全国の看護師が経験しているのに、なぜ、石川県の離職率が急激に上がったのでしょうか。
小藤
私が勤めていた病院もそうでしたが、少し前までは離職者の一定数はスキルアップ、キャリアアップが目的でした。言ってみれば「良い辞め方」の人も少なくなく、程よい離職率かな、とも思っていました。しかし、このところの急激な変化には正直、戸惑っています。
神野
何が背景にあるとお考えですか。
小藤
私にもよく分かりませんが、疲弊し、それに見合うやりがいを見出せない人が多いように感じます。給料が不服で辞める人は、実際にはわずかしかいません。自分がやりたい看護ができない、自分が思い描いていた看護師像とあまりに違う。そういった悩み、不満を抱えながらも、言いたいことをぐっと飲み込み、周囲に合わせている人が耐えられなくなって、辞めていくのではないかと思います。離職率の急激な上昇は、これまでの評価や対応策では、もはや看護師を思いとどまらせることができない現実を示しているのではないかと思います。
コミュニケーションは足りているか
神野
一人で悩み、苦しんでいる状態を改善するうえでも、職場でのコミュニケーションをもっと活発にすべきではないかと思います。看護管理者と現場の看護師、あるいは看護師同士のコミュニケーシ
ョンを密にすることが大切なのではないかと思いますが、如何でしょうか。
情報を共有し
患者をより深く理解
小藤
ご指摘の通りです。会話をすること、声を掛け合うことは非常に大切です。患者さんだけでなく看護師も一人の人間であり、声を掛け、声を聴くことは、相手を尊重した姿勢を示すことにもなります。管理者の真摯な姿勢が現場の看護師を勇気づけ、折れそうな心の支えになることも大いにあります。また、看護師同士のコミュニケーションを密にすることは、患者さんの情報を共有して、問題や解決策を皆で検討することにつながります。患者さんには一人一人に物語があります。患者さんのことを語り合うことで、自分では気づかなかった一面を知り、患者さんを多面的に、より深く理解できるようになります。お世話の仕方も自ずと変わり、看護の仕事の魅力も高まります。
神野
看護師同士の心の交流も深まり、自分と同じような悩みや問題を抱えている人が他にもいることに気づくきっかけにもなりますしね。
目指すところは同じ
他職種との意思疎通も密に
小藤
はい。それと、医師や薬剤師など他の医療スタッフとのコミュニケーションも、もっと深めた方がよいですね。医療現場は分業化されていますが、「おや?」と気づいた点があれば遠慮せず、声を発するようにしていただきたい。間違った行為や、行為への「違和感」を感じながら、見て見ぬふりをして過ごすようでは、患者さんに不利益が生じてしまいます。「誰のために仕事をしているのか」という意識を常に持ち続けてほしいのです。
神野
医師も看護師も他の医療スタッフも、目指すところは同じですからね。より良い看護、医療を提供し、患者さんに喜んでもらうために、お互いに意見を述べあい、指摘し合える環境を構築することが、医療現場に求められているのですね。
小藤
まさに、その通りです。患者さんの喜びによって、やりがいと喜びを得るのが看護師であり、そのような職業はほかにありません。私は現役のころ、後輩の看護師たちに、そのことをずっと話し続けてきました。
サマリー、看護計画書…
増える入退院業務
神野
医療現場では在院日数の短縮が進んでいます。これに伴い、看護師が退院サマリーや看護計画書の作成に取られる時間、負担が増しています。書くという作業はなかなか大変ですが、この点についてはどうお考えですか。
「何のために書くのか」
課題や変化を記録して
小藤
経過や要旨を長々と書くのではなく、患者さんの課題や注意点が書いてあれば、私はそれでサマリーとして十分だと思います。だれに、何のために書くのか、引き継ぐ側の気持ちになって書くように心掛けると、形骸化せずに効率的に書けるのではないでしょうか。看護計画書もルーティン的なことは書かず、変化があったことや伝えておいた方が良いと思うポイントを書けば十分、というふうに変えていくべきです。「書かねばならない」という意識では、時間だけとられて、あまり価値のない記録が増えてしまいます。看護師は知的労働者であり、忙しい中にあっても、記録の時間は惜しんではいけないと思います。ただし、書く目的を明確にして、考えて書くことが肝心です。
看護師の負担軽減へ
「アシストクルー」採用
業務限定で応募者多数
神野
多忙な看護師の仕事量を少しでも軽減することを目的に、私どもの病院では、看護業務を部分的にサポートする「アシストクルー」を設けました。一般から募った人たちに、患者さんの移動、病衣やタオルの配布などの備品管理、ベッドメーキングなどの環境整備、ストレッチャーや車いすなどの機材整備など、いわゆる周辺業務を細分化した上で、各業務を担当していただいています。基本的に資格もいりません。「機材整備のスタッフ募集」などと1つの業務に絞って募集をかけると、思いのほか多数の応募があります。
小藤
素晴らしいアイデアです。ネーミングも素敵ですね。
神野
ありがとうございます。「看護助手募集」ですと担当範囲が把握しにくく、患者さんの身辺のお世話もしなければならないのだろうか、などと憶測し、応募に二の足を踏む人も少なくありません。「この仕事だけお願います」と、担当範囲を明示すると反応が全然違います。自動車整備工場に勤めていた男性が機材整備を担当し、ストレッチャーがピカピカになりましたよ(笑)。
小藤
コロナワクチンの集団接種の際、非常に多くの看護師が応募してきました。神野先生のご認識の通り、仕事の範囲を限定すると「やりたい」「できます」という人は大勢いるのだと思います。「スタッフクルー」の人たちが、特に看護師が多忙になる朝の時間帯に配膳やタオルの配布などを担っていただけると、随分助かるのではないでしょうか。一方で、限定的な業務に携わることが看護職に興味を持ち、看護職を志したいと思う糸口になる可能性もあります。
ジェネラリストが支える日本の医療
神野
今ほどのお話に少し関連しますが、小藤会長は看護師のジェネラリスト(※)とスペシャリスト(※)のバランスについて、どのようにお考えでしょうか。
※【看護職のジェネラリスト】 特定の専門あるいは看護分野にかかわら
ず、どのような対象者に対しても経験と教育研鑽を基盤に、その場に応
じた知識・技術・能力を発揮できる看護師。
※【同、スペシャリスト】 特定の看護分野で卓越した実践能力を有し、継続
的な研鑽を重ね、期待される役割に専門性を発揮し成果を出している
看護師。日本看護協会認定の「専門看護師」、「認定看護師」など。
小藤
日本の医療は99%、ジェネラリストによって支えられています。回復期医療が増え続ける中、ジェネラリストが太い幹になっていないと、医療現場は回りません。スペシャリストも専門性の追求だけでなく、ジェネラルの部分も磨き、バランスの良い看護ができるようにしていただきたいですね。
神野
医師不足や医師偏在も、専門化を進め過ぎて、ジェネラリストが足りなくなったことが背景にあります。看護師には同じ轍を踏んでほしくなく、今のお言葉は心強く感じました。
小藤
より良い医療・看護環境を整えるには、ジェネラリストの質を高めることが基本です。内科、外科、外来などを横断的に経験することで知識や技術が統合され、より良い看護の提供に繋がります。そして、質の高いジェネラリストたちが持続的に働けるように、雇用者側は努力していただきたい。その意味でも、先ほどの神野先生の取り組みは、看護師が本来の業務に専念しやすい環境整備の一環であり、大変参考になります。本日はとても有意義なお話をありがとうございました。
神野
こちらこそ、いろいろとご教示いただきまして感謝申し上げます。