【WEB版】新春特別対談「北陸の外科医、絶滅の危機」

4号特集扉
ラサンテ2023春号誌面より

金沢大学医薬保健研究域医学系
消化管外科学/乳腺外科学 教授

稲木 紀幸 氏

金沢大学医薬保健研究域医学系 消化管外科学/乳腺外科学 教授 金沢大学附属病院 副病院長(臨床教育担当) 消化管外科 科長

1997年3月 金沢大学医学部医学科卒業
1998年4月 国家公務員共済連合会横浜栄共済病院外科 医員
1999年4月 市立輪島病院外科 医員
2000年10月 金沢大学心肺・総合外科
2002年4月 富山県厚生連高岡病院外科 医員
2003年4月 氷見市民病院外科 医員
2003年6月 金沢大学大学院医学系研究科(外科学第一)修了;医学博士取得
2004年5月 ドイツ テュービンゲン大学外科 低侵襲外科部門 客員外科医師
2006年3月 金沢大学大学院医学研究科地域医療学講座 助手、助教
2007年10月 石川県立中央病院 消化器外科医長、診療部長
2018年7月 順天堂大学医学部消化器・低侵襲外科学 先任准教授
2021年3月  金沢大学医薬保健研究域医学系 胃腸外科学 教授
2021年4月  金沢大学医薬保健研究域医学系 消化管外科学/乳腺外科学(講座名変更) 教授
2022年4月 金沢大学附属病院 副病院長(臨床研修担当)、研修医・専門医総合教育センター長(併任)

富山大学学術研究部医学系
消化器・腫瘍・総合外科 教授

藤井 努 氏

富山大学 学術研究部医学系 消化器・腫瘍・総合外科 教授 病院長補佐 膵臓・胆道センター センター長 乳がん先端治療・乳房再建センター センター長

1993年3月 名古屋大学医学部卒業
1994年5月 小牧市民病院外科勤務
2000年9月 名古屋大学第二外科勤務
2003年4月 名古屋大学大学院 病態制御外科学(現・消化器外科学)入学 2006年3月 同卒業 医学博士取得
2006年7月 マサチューセッツ総合病院(ハーバード大学)、Research Fellow 2008年11月 名古屋大学消化器外科学 病院助手
2009年8月 同 助教
2013年4月 同 講師
2015年5月 同 准教授
2017年4月 富山大学大学院 医学薬学研究部 消化器・腫瘍・総合外科 教授
2018年9月 富山大学附属病院 膵臓・胆道センター センター長併任
2019年4月 富山大学附属病院 病院長補佐 併任
2019年10月 富山大学 学術研究部医学系 消化器・腫瘍・総合外科 教授(組織再編に伴い) 2020年2月 富山大学附属病院 乳がん先端治療・乳房再建センター センター長 併任 2020年6月 富山大学附属病院 総合がんセンター 副センター長 併任(〜2022/3/31)

聞き手

社会医療法人財団 董仙会 理事長

神野 正博 氏

医療法人社団藤聖会親和会 理事長

藤井 久丈 氏

その難治性から 「がんの王」 と呼ばれる膵がん手術で、世界屈指の良好な成績をあげる富山大学消化器・腫瘍・総合外科教授の藤井努氏。

腹腔鏡下胃切除のトップドクターとして海外にも知られる金沢大学消化管 外科学・乳腺外科学教授の稲木紀幸氏。

北陸の外科を代表するお二人に、 北陸の消化器外科はどう変わるべきなのか、率直に話し合っていただきました。
藤聖会・親和会理事長の藤井久丈氏と董仙会理事長の神野正博氏が聞き手を務められました。

藤井久 明けましておめでとうございます。本日は、これから北陸の外科を背負っていかれるお二人に、大学や県域の垣根を越えて、これからの外科について、忌憚のないご意見を聞かせていただきたいと思います。

神野 金沢大学と富山大学の看板外科医のお二人が、こうしてお顔をそろえて意見を交わす機会は、なかなかないのではないかと思います。お二人がお話しされるのは今回が初めてですか。

藤井努 今回のような対談のお相手としては初めてですが、プライベートでは何度かお会いしております。

「憧れの先輩と同じ道に進みたい」パイロット志望から一転、外科医へ

稲木 実は、私が外科医を志すきっかけとなった高校時代の憧れの先輩が、藤井先生のご友人だったんです。

神野 ほう、これまたご縁ですね。

藤井努 はい。稲木先生の高校サッカー部の伝説のキャプテンが、私の大学からの親友なんです。

稲木 その先輩が高校卒業後、医学部に入って外科医を目指していることを知り、自分も外科医になろう、と決めました。それまでは旅客機のパイロット志望だったのですが(笑)。

藤井久 昔は稲木先生のように、尊敬する先輩や著名な名医に憧れたり、導かれたりして外科医の道に進む若者が多くいました。今はそういったケースは、あまりないんじゃないかな。

藤井努 おっしゃる通りです。そのことにも関連して、実はきょう1つお願いがありまして。この対談のタイトルを「北陸の外科医、絶滅の危機」としていただけないでしょうか。

稲木 私も同感です。「外科医に未来はあるのか」、なんていうのも良いかと。

藤井久 なかなかセンセーショナルなタイトルですね(笑)。そのタイトルが意味する事柄について、具体的にお話ししていただけますか。

内科や他の外科系は医師数増加 消化器外科だけ減少止まらず

藤井努 はい。正確に申しますと、外科の中でも消化器外科が絶滅の危機に瀕しております。この20年間の各学会の会員数の推移をみると、内科学会は約8万人から約12万人と、50%近くも増えています。外科系でも、心臓血管外科や整形外科はともに約30%、泌尿器科は40%近く、形成外科は45%増加しています。医師不足が深刻とされる産婦人科でさえ増加に転じ、麻酔科学会に至っては約7500人から約1万3700人と、 この20年で80%余りも増えています。

稲木 医師の数自体は増え続けており、直近の厚労省の調査では、過去最多を更新しましたからね。

藤井努 そうなんです。ところが、私の調べた限りでは、消化器外科だけが減り続けており、この20年間で2万2000人弱から1万9000人余りと、10%強も少なくなっています。医師数全体は増えているのに、消化器外科医は減少傾向に歯止めがかからない状態なのです。

12年後、「マイナー」に陥落!?

神野 女性と若者に消化器外科は嫌われている、ということでしょうか。

藤井努 まさにその通りです。さらにショッキングな未来予測がありまして、これも私の調査に基づいてのお話ですが、今後12年ほどで消化器外学会の会員数は、産婦人科や眼科、麻酔科学会の会員数を下回るとみられます。近い将来、消化器外科はメジャー診療科ではなくなりそうなのです。

稲木 一般的に医療界では、全身を診る科が「メジャー」、特定の器官をみる科が「マイナー」と呼ばれてきましたが、これからはその「定義」が当てはまらなくなるかもしれないのですね。

藤井久 それはショックですね。メジャー診療科の代表格が消化器外科だったのですが。なぜ、消化器外科はそれほどまでに敬遠されるのでしょうか。

命にかかわる仕事がストレスに 若者に「やりがい」はNG!?

藤井努 よく言われるのが、忙しい、仕事がきつい、といった理由ですが、私はそれだけではないと思います。がん治療に対するストレスが、大きな理由になっているのではないでしょうか。良性疾患を扱う場合と違い、がん治療は人の命に強く関わりますので。

神野 たしかにストレスはあるかもしれませんが、一方で、やりがいもあると思うのですが。

藤井努 今や「やりがい」は、むしろネガティブワードです。若い人たちに「やりがいがある」と言うと、重荷に感じることが多いのです。なぜ他の診療科と同じ待遇で、重荷を背負わなければならないんだ、と引いてしまう子が少なくありません。

稲木 私もそれは感じます。「Z世代」と呼ばれる若い子たちは総じて繊細で、「働きがいがあれば苦労はかまわない」といった意識は昔ほど強くありません。何かに熱くなったり、没頭したりすることがカッコいいとは、あまり思われない時代です。

「伝統」の教育方法は見直すべき 「見て覚えろ」では、ついて来ず

藤井努 消化器外科離れのもう1つの原因は、教育方法にあると思います。「見て覚えろ、見て盗め」という、いささか乱暴な教育のやり方が、いまだに根強く残っているところが、若者に敬遠されるのではないでしょうか。

覗き込んだら頭突きされ

稲木 若いころ、助手として立ち会った開腹手術で、執刀医の手技を観察したくて覗き込んだら、「邪魔だ」と頭突きをされたことがあります。

藤井久 昔の外科は体育会系でしたからね(笑)。

藤井努 それらの理由に加え、消化器外科医のやることが増えていることも影響していると思いますよ。昔は開腹手術の腕前さえ良ければそれで良し、でしたが、今は開腹手術に加えて、ラパロ(腹腔鏡下手術)もロボットも使いこなさなければならず、綿密な「戦術」も練らなくてはいけません。以前なら外科治療ができなかった症例も、コンバージョン 手術などによって対応できるようになり、どのような「戦術」で臨 むのかが、とても重要になっています。

神野 さらに、救急や感染症、術後の管理など、消化器外科医の受け持ち範囲はとても広くなっています。

稲木 それら治療に関する業務だけでも大変なのに、NCDの登録なども抱えていますからね。

藤井努 そこはちょっと、「え?」って感じです。NCDの登録作業は、事務方が担当している医療機関が多く、私のいる富山大学も事務職員がやってくれていますよ。

稲木 うちの大学もそうなってくれることを切に願います。手術をしたくて外科医になるのですから、やはり本来の職務にもっと専念できる環境を整えるべきだと思います。

藤井努 ところが今はその肝心の手術を、若手医師はあまりさせてもらえなくなっています。上の先生方が、内視鏡技術認定資格取得のために手術件数を増やさなければならず、若手になかなか出番が回ってこないのです。きつくて忙しくて、高ストレス。ろくに教えてもくれず、やることは多いのに、肝心の手術はなかなかやらせてもらえない。これでは消化器外科志望者は、減るに決まっています。

避けて通れぬ、医療の集約化 医師の適正配置、真剣に再考を

稲木 世界的に著名な基礎医学の先生が講演で、化学療法の進歩などによ り、将来、外科医は不要になる、と話していらっしゃいました。しかし、私はそうは思いません。これだけ医 学が進歩しても、未だにがんの特効薬はありません。一方で、がんの手術件数は全然減らないどころか、昔なら切除不能だった症例も切除できるようになり、むしろ外科医の出番は多くなっていると感じます。

藤井久 そういった点を、もっと世間にアピールするべきですね。

稲木 以前、先輩教授である藤井先生に「消化器外科医はどうしたら増えますか」とお尋ねしたら、「残念だけど、これから先も増えないよ」とお答えになり、ショックを受けた覚えがあります。

藤井努 はい。と言いますのも、最大の要因が国の政策にあるからです。先ほども申し上げましたが、他の診療科と同じ待遇で、他よりも重荷を背負わされているという意識を変えるには、業務が多くて高収益の診療科の医師に対する診療報酬の見直しから手を付けなければなりません。しかし、現状の日本の医療制度でそれは極めて困難です。なので、消化器外科医は増えない、というのが私の見立てです。

稲木 私は2年前に教授に就任後、どうしたら人が増えるのか、ということばかり考えていました。しかし、例え増えたとしても、その分が必ずプラスに作用するとは限りません。既存のマンパワーをいかに効率よく機能させるか、ということの方が、より現実的で、重要であることに気づいたのです。そのためにはまず、消化器外科医のオーバーロード(過負荷)を減らすところから始めなければならないと思います。外科医にしかできない仕事以外は、できるだけ「断捨離」していくのが望ましいですね。

藤井努 おっしゃる通りです。その鍵 を握るのは「集約化」だと思います。批判も覚悟で申し上げますが、今後も消化器外科医が増える見込みはなく、人口も減り続ける中、医療機能の集約化を進め、医師の配置を再考しなければならない時期に来ています。それが結果的に、医師も患者さんも、救うことにつながると思うのです。病院だけでなく、地域社会も自治体も、皆が真剣にこの問題と向き合わないと、そのうち消化器外科医は絶滅種となって、十分な治療が行えなくなります。

稲木 地域社会挙げての大掛かりな集約化の一方で、病院内ですぐにでも取り掛かれる集約化も進めるべきです。人手が足りずに困っているところに対し、病院内にしっかりとしたネットワークを構築した上で人を配置し、補う体制の整備も必要です。

役割分担をもっと明確に

藤井久 外科医の多忙さの一因に、何でも抱え込んでしまう「性分」も関係している気がします。年配の先生方の中には、ご自分が手術した患者さんを何年経ってもずっと外来で診ていらっしゃるケースが少なくありません。

神野 患者さんが望んでいらっしゃる側面もありますよね。

藤井努 確かにそうなのですが、オーバーロードの削減という点では、手術をする人と、術後をみる人の役割を明確に分けることが必要です。

稲木 私もそう思います。フィジシャン・アシスタント(医師の補助者)や医師の指示を受けずに一定レベルの診断や治療を行うナース・プラクティショナー(診療看護師)を積極的に活用できる環境を整えるなど、タスクシェア、タスクシフトの意識を、医師自身がもっと高めるべきだと思います。

藤井久 外科の先生方は総じて器用で、大概のことをそつなくこなすので、病院側もいろいろと依頼しがちな傾 向にあるように思います。この点も、見直した方が良さそうですね。

神野 全国の病院で、アグレッシブ(積極的)な経営をしている病院のトップは、大半が消化器外科医です。あれもこれも幅広くやってこられた実績が、病院経営に活かされているのだと思います。ただ、ご自分がやってこられたことを、そのまま下に求めようとするから、外科医の負担が増している部分もあるのではないでしょうか。

交代制で定時帰宅を徹底 個人に全責任を負わせず

藤井久 外科医の働き方改革として、藤井先生は富山大学着任後、思い切った取り組みをされているそうですね。

藤井努 簡単に言うと、忙しくないようにして、「ワークライフバランス」を重視しました。グループで診るチーム医療を拡大した「医局制」を導入して勤務シフトを組み、交代制で午後5時、6時になったら絶対に帰るようにしています。たとえ手術中であ っても、執刀医以外は定時になったら交代します。各自に受け持ちの患者さんはいるのですが、医局員全員が当番制で患者さんを診ており、休 みもしっかり取れるようにしました。

神野 1人の医師が1人の患者さんの全てを診る主治医制で陥りがちな、不規則な勤務時間や休日の急な呼び出しをなくしたのですね。ただ、自分が手術していない患者さんを当番の医師が術後管理を担当するのは、言うほどたやすいことではないと思いますが。

藤井努 はい。カンファレンスを徹底して、全員が患者さん一人ひとりの状態をしっかりと把握するようにしております。また、回診は4人ずつで順次担当し、TEAMSというアプリを使って患者さんの情報を全員がリアルタイムで共有しています。

稲木 執刀医に全責任を負わせるのではなく、術後に何かあったとしても、その日の当番医師たちが執刀医に代わって全てを行うというシステムですね。私も交代制が当たり前という 診療体制にしていきたいと思っています。時間帯によって、この医師はいるけど、この医師はいないということを容認できる制度がないと、外科医も息が保てないですからね。ただ、執刀医にはどうしても技量の差がありますし、医師同士の相性もあると思うのですが。「あの先生のフォローならするが、あの先生はちょっと…」みたいなケースはないのでしょうか。

藤井努 この制度の導入当初はやはり抵抗もありました。しかし、根気強く説明するうちに、助け合うことで負担が減ることの良さが次第に理解されるようになりました。多少時間はかかりましたが、最終的に上の先生方にも受け入れていただけました。

藤井久「お互い様」の気持ちを醸成しないと、ワークシェアは難しいですからね。ところで、藤井先生が富山大学に着任後、2外(消化器・腫瘍・総合外科)の手術件数は飛躍的に増えていますよね。

富大着任後、手術件数2倍強に

藤井努 はい。私が着任前の17年度の手術件数が450件だったのに対し、2021年度は1083件です。

神野 倍以上の伸びですね。藤井先生の凄腕ぶりを示す数字ですが、医師の働き方の見直しも、それだけの手術件数を滞りなくこなせていらっしゃる一因になっているとお察しします。

藤井努 ありがとうございます。富山大学着任時、大都市圏や遠方からも 患者さんが来ることを1つの目標にしましたが、実際に今、国立がん研究センター(東京)や大阪国際がんセ ンター(大阪)などからも患者さんが訪れています。

藤井久 逆ストロー現象が起きているのですね。藤井先生の医局は女性医師が多く在籍していらっしゃいますが、それも大胆な働き方改革の成果でしょうか。

藤井努 はい。着任後5年半すぎたところですが、入局者は35人、うち女性は 13人で、3分の1強が女性です。 女性医師は体力や持久力は男性医師ほどありませんが、器用で、繊細です。日々の勤務時間や勤務体制を調整すれば、女性医師にとって消化器外科はとても魅力的な仕事なのです。 産休・育休の取得奨励や当直免除なども行っています。

稲木 勤務体制に加えて、女性医師が消化器外科を避ける1つの理由に、働き方の手術現場の重労働な側面があるとされます。しかしこの点も、最近はデバイスの進歩によって、かなり改善されました。例えば縫合器もかつては操作に結構な力がいりましたが、今はボタン1つで、あっという間に自動で縫ってくれます。しかも、手作業よりも安全で均質です。手術においても腹腔鏡下の普及で、開腹手術中心だったころと比べて力は必要ありません。2021年度の金沢大 学消化管外科の年間手術件数328件(乳腺外科除く)のうち95%が腹腔鏡下手術でした。よほどのことがない限り、ほぼ全てを腹腔鏡下で行っています。最新テクノロジーの発達で、女性の体力的なハンディはかなりカバーできるようになりました。

神野 さすがは「腹腔鏡の魔術師」です。新しい技術は、働き方改革にも役立ちますよね。

稲木 はい。自動縫合器など治療機器の進化が医師や医療スタッフの時短 につながっている一面があります。 また、日常業務では、毎朝のカンファレンスをズームで行い、自宅や出先からも参加できるようにすれば、育児家事に忙しく、定時に出勤しづらい世代の人たちの便宜を図れるのではないかと考えています。

自分がされて嫌だったことはしない

藤井久 では次に、若手の教育について、お二人にお聞きしたいと思います。

藤井努 私の場合、「自分がされて嫌だったことはしない」「してほしか
ったことをする」を、教育の信条にしています。怒鳴りつけて指導したり、手術をさせなかったりといった悪しき慣習を断ち切らないと、次の世代もまた同じような教育の仕方を踏襲してしまいます。悪循環を繰り返していては、外科医離れに拍車がかかるだけです。

稲木 教育は子育てのようなものですよね。突き放してもいけないし、そうかと言って褒めてばかりでも良くないですし。昔の教授は、でんと構えた「親分」で良かったのかも知れませんが、今はそういうわけにはいかないですよ。

神野 技術・知識だけでなく、教育者としての資質も兼ね備えていなければなりませんからね。今の医学部の教授は大変ですね。

稲木 私は憧れの先輩に導かれて外科医を志し、大学時代に生涯の師と仰ぐ先生に出会いました。若かった私がそうであったように、「この人になら、ついていきたい」と思える、魅力的な外科医になりたいですね。そして、そのような指導医を一人でも多く育てていきたいと思っています。

藤井久 指導医は若手の将来と外科の将来を担う重要な存在ですからね。若者に消化器外科の魅力を分かってもらうには、中高年の医師の意識改革から始めないといけませんね。

20代から手術経験積ませる 短期集中訓練が上達の早道

藤井努 教育における私のもう一つの考え方は、徹底した「アーリーエクスポージャー(早期体験)」です。スポーツも芸能も、一流選手や名人の多くは3歳、4歳から始めていますよね。なぜ、外科医だけが40歳を過ぎないと難しい手術を担当させてもらえないのか、理屈に合いません。20代の方が体力もあり、指先の器用さも運動神経も長けています。早くから経験を積ませた方が上達するに決まっています。

教授が前立ちしてサポート

藤井久 安全面の確保はどうしていいらっしゃるのですか。

藤井努 私が前立ち(第一助手)を務め細部までつぶさにサポートしております。

稲木 私も藤井先生の考え方と同じです。ロボット手術などをこなせるようになるには、やはり経験を積まねばなりませんが、長い期間をかけてやるよりも、若いうちに集中的に訓練した方が効果的だと思います。

神野 まさに「鉄は熱いうちに打て」ですね。稲木先生は若いころ、ドイツに留学され、現地で新しい内視鏡手術機器の開発など、さまざまな活動を展開されました。

稲木 はい。私は30歳前後にドイツに行かせていただきましたが、若かったからこそ、強烈な刺激を受け、多くの事柄を吸収でき、その後に活かせたのだと思います。留学先の大学病院での先例を参考に、帰国後、金沢大学に若い医師のトレーニングコースを設け、必要な技術を体系立てて、短期集中的に学べるようにしました。

消化器外科を志す若者へ

一層高まる希少価値、医師の本望を果たせる超レアな職業
最新テクノロジーも利用し、新しい外科学にチャレンジを

神野 最後に、若手医師や学生にメッセージをお願いします。

稲木 急速な技術革新で社会全体が時代の転機にある中、外科の世界も大きな変革の時期を迎えています。変革のカギを握るのが、若い人たちが 日ごろ慣れ親しむ最新テクノロジーです。消化器外科は、AI(人工知能) を含む最新テクノロジーを大いに活用できる分野であるとともに、そのAIに将来も取って代わられることのない最たる診療科です。過去に私たちがしてきた苦労をしなくても良い環境を整えますし、過去に苦労だった事柄の多くを乗り越えられる技術もどんどん普及しています。そういった技術も利用して、新しい手術 法の開発など、新たな外科学をつくっていただきたい。手術は「究極の手当て」です。ぜひ自分が切り開くつもりで、消化器外科医を志していただきたいと思います。

藤井努 稲木先生がお話しされた通り、消化器外科はこれから先も絶対に必要な診療科であり続けます。そして、絶滅危惧的な診療科であるということは、逆の見方をすれば、それだけ希少価値の高い職業なのです。その他大勢の中の1人ではなく、非常に貴重な人材として、今後一層、医療機関や地域で重宝される存在になると確信します。ですので、今、消化器外科医の道を目指すことは、先を 見据えた、とても良い選択だと思います。人の命をあずかり、知識と技術を集約し、自分の手で治す。医師の本望はそこにあります。消化器外 科はそれを成し遂げられる診療科であり、医師冥利に尽きる仕事です。
我々先輩たちが全力でサポートしますので、ぜひ消化器外科の門をたたいていただきたいと思います。