【WEB版】スペシャル鼎談・研究者の熱意と企業のチャレンジ精神が結実

画像診断の常識変えたX線動画撮影装置
産学官連携で開発

1895年、ドイツの科学者レントゲン博士によって発見されたX線。以来、X線画像診断は医療検査の中心的役割を担っていますが、その画像は100年余りの間、静止画でした。金沢大学とコニカミノルタは、X線画像を動画で撮影して高度な技術で解析する世界初の医療機器を開発し、診断精度の向上や患者さんの負担軽減に役立てています。X線画像は静止画という「常識」を打ち破り、世界の医療界が注目する新装置の開発・販売に漕ぎつけた背景には、研究者の熱意と企業のチャレンジ精神がありました。

コニカミノルタ株式会社ヘルスケア事業本部
開発統括部特任部長
米山 努 氏

1990年 コニカ株式会社(現コニカミノルタ株式会社)入社
技術研究所 デジタル画像機器の研究・開発担当
2016年 開発統括本部 技術開発室長
新規画像機器の要素技術開発担当
2020年 ヘルスケア事業本部 開発企画部長
新規商品の企画・開発を推進。
新規モダリティ、AI製品などを商品化
2023年 ヘルスケア事業本部 メディカルイメージング開発センター長
開発横断組織として、付加価値技術創出、商品化担当
2024年 現職

 

金沢大学医薬保健研究域附属AIホスピタル・
マクロシグナルダイナミクス研究開発センター准教授
田中 利恵 氏

富山高校,金沢大学医学部保健学科、同大大学院医学系研究科
2003年 金沢大学医学部保健学科 助手
2006年 シカゴ大学カートロスマン放射線像研究所 短期留学
2007年 金沢大学大学院医学系研究科保健学系 助教
2017年 金沢大学医薬保健研究域保健学系 准教授
2018年 デューク大学Carl E. Ravin Advanced Imaging labs
客員研究員
2020年 金沢大学医薬保健研究域附属 AIホスピタル・
マクロシグナルダイナミクス研究開発センター 准教授
専門は放射線技術学。日本放射線技術学会(理事)、日本医用画像工学会(理事)

金沢大学医薬保健研究域医学系
呼吸器外科学教授
松本 勲 氏

1991年 金沢大学医学部附属病院 第一外科 研修医 
2003年 金沢大学医学部附属病院 心肺・総合外科 助手(現助教
2013年 金沢大学附属病院 講師   
2014年 金沢大学大学院医学系研究科 心肺病態制御学 准教授 
金沢大学附属病院 呼吸器外科 科長,臨床教授 
2015年 金沢大学大学院医学系研究科 先進総合外科学 准教授 
2020年 金沢大学大学院医学系研究科 呼吸器外科学 准教授 
2023年 金沢大学大学院医学系研究科 呼吸器外科学 教授
日本外科学会(代議員)、日本胸部外科学会(評議員)、日本呼吸器外科学会
(評議員)、日本肺癌学会(理事)、日本呼吸器内視鏡学会(評議員)、日本内視
鏡外科学会(評議員)、日本単孔式胸腔鏡手術研究会(常任幹事)、日本呼吸器
胸腔鏡手術研究会(副会長)、関西胸部外科学会 評議員

診断精度向上、患者の負担軽く 金沢大学から世界へ

松本
私たち3人が顔を合わせるのは久しぶりですね。特に米山さんには遠路、東京からお越しいただきました。お疲れ様です。

米山
きょうはこの鼎談のためだけに早春の金沢へやって参りました。共同研究させていただいていた頃は1カ月に1度は東京と金沢を往復し、帰宅が深夜1時になることもありました(笑)。

松本
大変でしたね。ではまず、 X線動画解析ワークステーション「KINOSIS(キノシス)」の特長について、米山さんから、あらためてご説明いただけますか。

パラパラ漫画の原理

米山
はい。両先生を前にして、まさに「釈迦に説法」ですが、ご説明させていただきます。弊社はX線レントゲンフィルムに始まって90余年にわたり画像診断領域の事業に携わって参りましたが、扱う画像は静止画のみでした。「胸のX線画像は静止画」というのが、長く医療界、そして我々の業界の常識でもあったのです。その常識を変え、画像診断に革新をもたらしたのが「キノシス」です。パラパラ漫画と同じ原理で、パルスX線を1秒間に約15回照射し、コマ撮りした画像を連続表示することで動画として見ることができるようになりました。

松本
その仕組みの基盤を考案されたのが、田中先生です。X線動態撮影技術を開発されたきっかけは、何だったのでしょうか。

田中
私は学生のころから「診る聴診器」を作るのが夢だったんです。聴診器をあてて心臓や肺の機能を評価するように、X線撮影した画像を解析して空気や血液の流れなどを目で「診る」診断装置を開発したい、そのためには動画で診断できるようにしたい、と思いました。動画には静止画からは読み取れない機能情報が、きっと山ほどある。その「宝の山」を探り当てたくて、好奇心の赴くままに可視化技術の研究を進めました。2003年、金沢大学大学院医学系研究科保健学専攻教授だった真田茂先生(公立小松大学特任教授、昨年6月死去)と研究を始め、15年がかりで実用化に漕ぎつけました。

被ばく量ごくわずか

米山
2000年代に入ってX線画像のデジタル化が進み、画質が各段に向上し、画像の処理や保存、伝送も容易にできるようになりました。当社ではこのデジタル画像に、何か付加価値を付けられないかと模索しておりました。そうした中で田中先生たちが開発された動画技術と出会い、X線診断にパラダイムシフト(※)を起こす技術だと確信致しました。これまでも透視撮影装置を使えば動態観察は可能でしたが、装置が高額で、専用の撮影室を設ける必要もあり、画像の視野が狭いという課題がありました。その点、田中先生の技術が基になったキノシスは、一般の撮影室で簡便に、鮮明な動画を撮影することができます。被ばく量も通常のX線画像2枚程度です。

※【パラダイムシフト】それまでの常識や価値観が大きく変化し、新しい常識やものの見方が生まれること

田中
私が可視化技術の開発に本腰を入れた理由の1つも、動画が意外なほど低い放射線量で作れることが分かったからです。

松本
日々診療で使用している立場から申しますと、従来のスパイロ検査のように患者さんが「ふー」と思い切り息を吹き込む必要がなく、装置の前に10秒間、立っているだけで肺機能が測定できる点が、この診断装置の最大のメリットの1つだと感じます。ぜんそくや慢性閉塞性肺疾患(COPD)といった肺に病気のある患者さんは、勢いよく息を吹くことを苦痛に感じるケースが多いのです。

通常の呼吸で肺機能を診断

肺の動きと血流の状態を可視化

米山
田中先生と金沢大学附属院の先生方が動画をコンピューター解析処理することで、呼吸に伴う肺組織の動きを青色、心拍に伴う肺血管の動きを赤色で表示するソフトの原理を発案されました。これにより肺のどの分が正常に動き、どの部分が機能していないかが分かり、血流が滞っている部分も容易に見つけらるようになりました。当社ではその技術を基に、呼吸時の肺の動き血流の状態がより鮮明に分かる動画解析ワークステーション(キノシス)ソフトを開発しました。

松本
キノシスによって今まで分からなかったものが、かなり分かるようになりました。例えば、横隔膜の動きはCT(コンピューター断層撮影装置)やMRI(磁気共鳴画像診断装置)でもよく分かりません。それがキノシスではごくわずかな被ばくで、かなり鮮明に読み取れます。横隔膜の動きを数値化してグラフで表示することもできます。また、肺がんの場合、がんが胸壁に癒着や浸潤しているかどうかも、肺の動きから見分けることができます。これまではCTなどを使っても術前の判別が困難で、手術を始めてから分かることが多く、急きょ術式を変更する場合もありました。手術時間が長引いて患者さんの負担が増し、医師、看護師らの負担も増していましたが、キノシスによって適切な手術計画を立てることができるようになり、患者さんと医療者双方の負担軽減につながっています。また、肺気腫の診断など呼吸器内科でもキノシスは活躍しています。

田中
コニカミノルタさんは胸部X線画像から骨を消す技術も開発されています。これも画期的な技術ですよね。

米山
ありがとうございます。キノシスはこの技術(ボーンプレッション※)も搭載しています。肺の画像は骨が75%も占めており、他の臓器より読影が難解です。動画撮影後にこの技術で骨を消すことで、より一層、読影時の見落としを減らせるように致しました。また、AIがX線画像を解析し、読影時間の短縮や見落とし防止、確信度の向上など、診断に生かせるアプリの開発も進めております。松本 診断アプリが開発されれば、医師の経験や知識によって確信度にバラつきがあった読影診断が標準化され、若手でも優秀な熟練医師と同水準の診断ができる可能性があります。

※【ボーンサプレッシン】コニカミノルタが独自の胸部X線画像データベースを基に高度なアルゴリズムで胸部画像の前方と後方の肋骨、鎖骨などの画像信号を減弱する画像処理技術。これにより肋骨が重なって見えづらかった肺野内の病変が見やすくなり、読影時の見落としを減らせる

ベッドサイドでの検査も可能

田中
キノシスは回診車タイプもありますよね。

米山
はい。ベッドサイドでX線動画撮影ができるようになりました。

田中
自力で撮影室まで来られない患者さんの診断は大変だとお聞きします。

松本
これまでは患者さんを担架に乗せ、ポータブル人工呼吸器を装着して、それを手でもんで酸素を送り込みながら検査室まで運んでいました。その後、撮影台に乗せるのも大変な作業でした。

米山
回診車タイプのキノシスは、救急の患者さんやICU(集中治療室)の患者さんへの使用も増えております。意識がなかったり、呼吸困難で息が止められなかったりする患者さんも撮影ができますし、重篤な状態の患者さんを検査室まで移動させずに病態を管理することができます。

松本
ICUの患者さんは点滴や人工呼吸器など多くの生命維持装置が接続されており、そのような状態で移動させるのはリスクが伴いますからね。

多くの診療領域で活躍

田中
金沢大学附属病院では小児科でもキノシスが利用されています。赤ちゃんや小さなお子さんは指示通りに息を止めたりはいたりしてくれませんから、普段通りの呼吸で良いキノシスは重宝だと思います。あと、循環器内科も使っていらっしゃいますし、他の医療機関では整形外科領域でよく利用されています。活躍の場が多くの診療領域に広がりつつあり、「生みの親」の1人として、うれしく思います。

国内外400施設が導入

米山
キノシスを導入されている医療機関は国内で約200施設、海外で約200施設に達しています(2025年2月時点)。海外は米国が中心で、整形外科領域にも使用が広がっています。手術前後の関節の可動域の変化やリハビリ後の状態の確認などに活用されており、キノシスの「価値の共創」が整形外科分野でも進められています。

「運」と「タイミング」

田中
キノシス実用化までの足取りを振り返ると、つくづく「運」と「タイミング」が良かった、と思います。

米山
私もそう思います。「医工連携」「産官学連携」という言葉が聞かれるようになって久しいですが、実際に連携によって製品化までたどり着けつけるのは、ごく一部です。まず、企業と研究機関がワンチームとなって一緒に動くこと自体が、ままなりません。

松本
診療現場からいろいろとアイデアを出しても、費用対効果が明確でないと、企業側はまず乗ってきませんからね。そういった意味で、コニカミノルタさんは希少な存在です(笑)。

田中
御社はまだマーケットが見通せない段階で開発に踏み切られました。そのチャレンジ精神がすごいと思います。

米山
ありがとうございます。ただ、社内でも最初は慎重意見が根強かったです。しかし、私は田中先生の発明された技術が、画像診断にイノベーションをもたらすという確信がありました。特別な撮影室も大掛かりな装置も不要で、新しい「動きの診断」を提供するソリューション(課題決にけての取り組み)として、必ず医療現場で喜ばれると思ったのです。

松本
米山さんの熱意が会社を動かしたのですね。

米山
いえ、田中先生の熱意と松本先生はじめ現場の声が、この事業の大きな推進力となりました。

田中
私も、松本先生をはじめとする呼吸器外科と呼器内科の先生方のご協力に感謝致します。実際に役に立つかどう分からない新たな検査技術を臨に取り入れることに難色を示さる場合が多い中、いち早く臨床研究の対象にしてくださいました。先生方のチャレンジ精神もすごいです。

松本
研究自体が先進的で多方面に役立ちそうでしたし、何より田中先生の熱意にほだされました(笑)。

チャレンジに寛容な風土

田中
うれしいお言葉です。呼吸器外科・内科に加え、放射線科・放射線部のご協力もありがたかったです。通常、一般の撮影室に試作機を置くことはまず、許可が下りません。金沢大学附属病院放射線部は、ちょうど撮影室が一室空いていたこともありましたが、試作機を使った研究に対して寛容な風土があり、設置を快く認めてくださいました。

米山
医療機器の場合、試作機であっても一定水準の性能と安全性を満たさないと医療機関にご案内できません。その分、企業もリスクと投資を伴うわけで、社内に慎重意見が根強かった理由の1つがこの点です。田中先生に熱心にプッシュしていただいたお陰で、放射線科・放射線部様が試作機設置を快諾していただいた時はホッとしました。

田中
私の恩師である公立小松大学の真田先生が金沢大学の放射線科で学位を取られており、そのことも放射線科との連携がスムーズに進んだ要因です。また、海外の学会で偶然出会った滋賀医科大学の谷徹先生(同大学名誉教授)が金沢大学医学部のご出身というご縁もあって、私たちの研究を評価してくださり、動物実験などで多大なご協力をいただきました。さらに、金沢大学の整形外科や歯科口腔外科の先生方にも支援していただきました。

松本
多くの先生方のご協力と、様々なご縁やタイミングが重なって、キノシスを世に出すことができたのですね。

田中
まさにその通りです。この共同研究は、平成26年度ふくしま医療福祉機器(救急・災害対応医療機器)開発事業に採択され、その助成金で試作機を2台作製したことに端を発します。これもタイミングが良かったと思います。

「魔の川」「死の谷」を越え

松本
産学官連携で研究結果を出す段階までは進めても製品化する段階に上がれず、足踏みしているうちに海外勢に先を越されてしまうケースが大半です。キノシスの場合は、米山さんをはじめとする御社の積極的なご対応が、実を結んだのだと思います。

米山
そう言っていただけると光栄です。研究を製品化し、事業化するまでには「魔の川」とか「死の谷」と呼ばれる関門があります。試作機作製のリスクや多額の資金調達などを指しますが、当社ヘルスケア事業本部では明確な製品ビジョンを描いて緻密なマーケティング戦略を練り、難関を突破しました。当初は私も含め3人だった社内チームも、今は開発から販売まで、国内外で多くのメンバーが社会実装すべく力を注いでいます。

松本
キノシスの試作機が金沢大学附属病院に設置されて今年で10年です。金沢大学発の画期的な診断装置がさらに進化を遂げ、世界の医療の課題解決に貢献することを期待します。

田中
私も応援していますよ。

米山
ありがとうございます。引き続き先生方のご助言、ご指導をお願い致します。