【WEB版】スペシャル鼎談 整形外科にも広がる ロボット支援手術

熟練医並みの高精度な手術が可能に

医療法人社団藤聖会富山西総合病院

ロボット支援手術は整形外科の領域にも広がっています。富山西総合病院は昨年、骨を切除して膝関節を人工関節に置き換える手術に、支援ロボット「ロザ・ニー」を富山県内の民間医療機関で初めて導入しました。熟練医師の「匠たくみの技」を数値化し、熟練度にかかわらず高精度な手術をすることが可能になりました。同病院を運営する藤聖会の藤井久丈理事長がファシリテーターを務め、「ロザ・ニー」を使って人工膝関節手術を行っている西田英司、中村琢哉の両先生に、ロボットのメリットと課題、上手な〝付き合い方〟について語っていただきました。

理事長
藤井 久丈 氏

1980年 金沢大学医学部卒業、同大学第2外科入局
1985年 同大学院医学専攻科卒業(医学博士)
1989年 医療法人社団藤聖会八尾総合病院院長就任
2001年 医療法人社団藤聖会理事長就任
2012年 医療法人社団親和会理事長併任
2017年 富山西リハビリテーション病院を開設
2018年 富山西総合病院を開設
2021年 社会福祉法人慶寿会理事長併任

整形外科医
西田 英司 氏

1997年 金沢大学医学部卒業
1999年 厚生連高岡病院等、北陸三県の各病院勤務
2009年 金沢大学大学院医学系研究科
先進運動器医療創生講座特任准教授
2010年 MD Anderson cancer center,
Huston,USA留学
2016年 八尾総合病院勤務
2018年 富山西総合病院勤務

整形外科医
中村 琢哉 氏

1986年 金沢大学医学部卒業
1987年 富山市民病院等、北陸三県の各病院勤務
1994年 金沢大学整形外科 助手
1995年 社会保険勝山病院医長
1998年 富山県立中央病院整形外科医長
2005年 同部長
2014年 同主任部長
2022年 富山西総合病院勤務

藤井
手術支援ロボットは既に、泌尿器科、呼吸器外科、心臓外科、消化器外科、婦人科など、多くの診療科で活躍しています。そして近年は西田、中村両先生の専門である整形外科領域でもロボット支援手術が普及しつつあります。熟練医師の「匠の技」とロボットの融合で、医療現場でどのような変化が起きて、患者さんにどのようなメリットをもたらしているのか。きょうは患者さんにもわかりやすいように私が、話しを聞いていきたいと思います。

西田
お手柔らかにお願いします(笑)。手術支援ロボットでも、当院の整形外科が導入したのは「ロザ・ニー」というロボットで、人工膝関節置換術に特化しています。泌尿器科や消化器外科などで活躍する「ダヴィンチ」や国産の「ヒノトリ」とは、機能や役割が大きく異なります。

藤井
「ロザ・ニー」の人工膝関節置換術での役割を、簡単に説明してもらえますか。

西田
「ロザ・ニー」は、多軸多関節アームと光学カメラからなるコンピューター制御ロボットです。その役割はズバリ、2つあります。1つは手術計画案の提示、もう1つは手術手技のサポートです。

藤井
具体的には、どういうサポートをしてくれるんですか。

西田
手術計画では、手術前に患者さんの膝のレントゲン画像をコンピューターに取り込んで作成した3D画像を基に、骨を切る角度や量、人工関節の大きさなどを案内してくれます。そして手術の際は、手術前に計画した情報や手術中の軟部組織の状態などが数値化されてロボットの画面に表示されます。術者はその数値を見ながら骨切りの量や角度を設定し、アームの先端に取り付けられた骨を切るための器具を誘導します。アームはリアルタイムで正確な位置からずれないように制御してくれるので、その器具に沿って術者が骨を切ることで、従来よりも正確な手術が行えます。また、術者の判断で、術前計画に微調整を加えて骨切りを行うこともできます。骨切りは0・5ミリ、0・5度といった細かさで術中に微調整ができるんですよ。

藤井
なかなかの優れもののようですが、それを導入したことで、従来の手術からどう変わるのですか。

西田
人工膝関節置換術の重要なポイントは、膝がガクガクするといった不安定感がなく、膝が曲がらないとか伸びないといった可動制限も生じないことです。そのためには下肢の軸を整えるための骨切りをミリ単位で正確に行わなければなりません。一方で、術後に膝を支える靭帯や筋肉などの軟部組織のバランス調整も重要です。どちらもこれまでは医師の熟練度、経験に拠るところが大きく、術者によってばらつきがありました。「ロザ・ニー」は、これらを数値で表示するため感覚だけでなく、視覚的にも確認することが可能になり、骨切りも計画通りに正確に行えるようになりました。

執刀するのは医師

膝関節が安定し
患者のQOL向上

藤井
医師の熟練度にかかわらず、良好な手術成績が期待できるようになるわけですね。

西田
はい。膝関節の安定によって患者さんの痛みや違和感の軽減が期待できます。踏ん張りがきくようになり、日常生活動作のほとんどが膝痛のなかったころに近い状態で行えるようになります。車の運転や職場復帰も可能で、ゴルフや水泳などの軽負荷のものであれば、スポーツ復帰もかないます。

藤井
人生100年時代と言われる中、術後のQOL(生活の質)の向上は大切だと思います。スポーツをする人にとっても朗報ですね。

西田
そうですね。それと、ロボットを使うことで人工膝関節の緩みや、すり減りが抑制されて、人工膝関節が長持ちするというメリットもあります。

人工膝関節

中村
私がロボットの良い面だと思うのは、手術の状態が客観的に数値化されるところです。手術の精度が「見える化」されると言ってもよく、数字の意味するところを考えることで、手術を漫然と行わないようになりますし、若手の教育もしやすくなります。

藤井
良いとこ尽くしのように聞こえますが、ロボットを使用するデメリットもあるのでは。

西田
まず、導入にかなりのコストがかかります。手術時のデメリットとしては、ロボットに膝関節の状態のデータなどを取り込ませるための時間が必要であり、そのため手術時間が従来よりも20分ほど長くなります。また、手術中の膝関節の位置や状態を把握するための極細のアンテナを立てなければならず、本来の手術創に加えて、小さな創を追加しなければなりません。ですが、これらのデメリットを考慮しても、メリットの方が大きいと感じています。

藤井
人工膝関節のロボット支援手術は、国内でどれくらい普及していますか。

西田
国内で人工膝関節置換術にロボットが導入され始めたのは2019年です。5年を経て、ロボット手術は着実に広まってきています。現在、日本では年間約9万件の人工膝関節置換術が行われており、このうち約1万1千件、約12%がロボット支援手術です。

藤井
既に人工膝関節手術の1割強が、ロボットを使って行われているんですね。

西田
はい。世界を見渡すと、アメリカはずっと早くて1992年から、オーストラリアでは2016年に導入が始まり、2021年までの5年間でロボット支援手術の割合が20%に達し、日本より早いペースで普及しています

ロボットは有能な〝助手〟

自力で全てできるように
なってから使用すべき

藤井
日本でも今後、ロボットの普及が加速していくんでしょうね。ところで、中村先生はこれまでに4000例を超える人工股関節の手術を執刀されています。熟練ドクターの目には、ロボットの普及はどのように映っているのですか。

中村
AIに仕事を奪われるのではないか、と恐れている多くの職種の人たちと同じような心境かもしれません。ついに我々の領域にもペリー提督がやってきた、みたいにも感じています。

藤井
ロボットは「黒船」ですか(笑)。

中村
ロボット無しで長年、手術を行ってきた医師にとっては、「自分の力でやり切った気がしない」と感じるかもしれません。ひと昔前までの大病院のオペで、一番おいしいところだけを上司がパパッとやって、「後は頼む」と言い残して去っていく、みたいな感覚に近いものがあります(一同爆笑)。

藤井
先生方はこれまで、長年の経験や蓄積された知識をベースに試行錯誤を重ねて手術の精度を高めてこられたわけで、それをデータとしてポンと出されたのでは、微妙な気持ちになるのも無理からぬところでしょうね。

中村
1つ強調したいのは、ロボットが登場する前も、手術を全て経験と勘で行ってきたわけではない、ということです。随分前からCTのデータを取り入れていますし、近年は手術前にコンピューター上で立体的に人工関節手術のシミュレーションを行っています。徐々にデジタル化は進んできており、自分の腕と勘だけが頼りの職人の世界に、いきなりロボットが表れたのではないんですよ。

藤井
このままロボットが医療現場に浸透し、さらに進化を続けると、医師はロボット無しでは手術が出来なくなってしまうんじゃないのか、本来の術者としての腕前は大丈夫なのかと、将来に一抹の不安を感じますね。

中村
私も同じ思いです。私は、ロボット無しでの手術が一人前にできるようになってから、ロボットを扱うのが本来の姿だと思っています。しかし、今の若手は、最初からロボットを使った手術を身近に感じており、近い将来、ロボットがもっと普及すれば、ロボット無しでは手術ができない医師が出てくるでしょうね。最低限、術前の手術計画ぐらいはロボット任せではなく、自分でも作れるようになってほしいですが。

藤井
まず自分で全てができるようになってからロボットを使い始めないと、何らかのトラブルでロボットが急に使えなくなったり、ロボットでは対処できない緊急事態が発生したりした場合、適切な対応ができない恐れがありますからね。ただ、実際のところ、ロボットがいくら進化を続けたとしても、全てをやれるようにはならない気がしますが。ロボットのプログラミングをセットすればあとは自動で…、などというオペ風景は、まだSFの世界だけにとどまる気がしますが、どう思いますか。

西田
現時点ではロボットはあくまでも手術プランの作成と、手術の一部の過程、つまり骨切りを行う際の支援にとどまっています。関節に至るまでの展開や縫合、人工関節を挿入固定する作業など多くの過程は術者が担当しています。手術を行うのは術者であって、ロボットは治療成績を改善させるための有効なツールに過ぎません。現状を見る限り、ロボットが多くの過程を担い、人間はその様子を傍らで見守るだけ、といったことには、当分はならないでしょうね。

中村
MIS(最小侵襲手術)に関しても、ロボットが支援することは現状では全くできませんからね。少なくとも現時点では、ロボットは正確に骨切りを行う器具として優秀なだけであり、医師の知識や経験、技術が必要なくなるということはありません。

西田
現状のロボットは発展途上というか不完全で、まだまだ改善の余地があります。膝のデータをもっと簡便に取り込めるようにすることは、手術時間を短縮する上でも喫緊の課題です。アンテナを設置する創も必要なくなれば、患者さんの体への負担も一層、軽減されます。

頼りきるのはNG

互いを信頼するチーム
医療が短期入院を実現

藤井
執刀するのは医師、ロボットは有能な助手、といった関係が、将来の医療現場でも保たれることを願います。話は変わりますが、中村先生の場合、人工股関節手術後の入院期間が、全国的に見てもかなり短いですよね。

中村
そもそも日本は諸外国と比べて入院期間がかなり長いんですよ。諸外国の多くは入院費が日本よりも高額であることも影響していると思いますが、入院期間が長いと、リハビリなどの取り組みが、どうしてものんびり構えてしまいがちです。それが回復を遅らせる原因の1つになっています。

藤井
中村先生が担当される患者さんの平均入院期間は、確か4~5日でしたよね。

中村
ええ。現在は、術後入院期間を5日間とするクリニカルパス(診療計画表)を運用しています。入院前から車いすを利用されていて、筋力の衰えや関節の動きが悪い高齢者の方は5日での自宅退院が厳しい場合もありますが、それ以外の患者さんは概ね5日以内に退院されていますよ。午前に手術して、午後には立って歩ける人も少なくなく、杖をついて安定して歩ける状態であれば、手術翌日の退院も認めています。

藤井
そういった短期入院が可能な理由はズバリ、なんですか。

中村
いかに安定した関節を作るか。それに懸かっています。関節が少しもぐらつかず、ガッチリ止まる手術ができていれば、短期集中の積極的なリハビリが可能になります。手術後、関節への負担を心配して、あれをしてはいけない、これもまだダメ、などと患者さんに言っていたら、早期回復など期待できないですからね。

藤井
中村先生がこれまでロボット無しで、いかに精度の高い手術をしてこられたかを示す話ですね。

中村
安定した関節は、手術の侵襲の小ささなど、いろんな要素が組み合わされて完成します。ロボットだけでは作れませんよ。

藤井
やはり術者の経験、技術は重要な部分を占めるんですね。

中村
そうですね。手術後の患者さんの経過も、経験から予測することができ、適切な対処を施せます。

西田
人工膝関節置換術では、術中だけでなく、術前・術後を通じて一貫した治療を行うことが大切です。我々医師と、看護師、理学療法士など様々な職種のスタッフが連携し、患者さんの治療と回復を切れ目なくサポートしていることも、当院の特長だと思います。

中村
ひと言で言うなら、チームワークですよね。先程も申し上げましたが、早期退院には積極的なリハビリが欠かせず、医師はそれに耐えられる安定した関節を作らなければなりません。理学療法士は我々の手術を信用して、ポジティブなリハビリを実施してくれています。看護師も患者さんが不安に感じないように接してくれていますし、ソーシャルワーカーも退院に向けて積極的にかかわってくれています。また、麻酔科医は術後の痛みや吐き気の軽減に協力してくれています。

藤井
整形外科医を核とした、互いを信頼するチーム医療が、全国からも注目される短期入院につながっている、ということでしょうか。チーム医療といえば昨年、当院が「ロザ・ニー」を導入した際、西田先生が中心となって院内スタッフ向けの勉強会を開きましたよね。

西田
人工膝関節置換術の概要説明とロボットの操作デモンストレーションを行いました。私がサポートして膝関節模型の切除体験なども行ったのですが、若手医師や理学療法士のほか、普段は治療やリハビリに携わることのないスタッフに到るまで、幅広い職種から参加があり、ロボットに対する関心が高いんだな、と実感しました。

医師の知識・経験と
ロボット技術を融合

藤井
チーム医療の意識を高める良い取り組みだと思いますよ。中村先生は今後、積極的にロボットを使用する考えはありますか。

中村
西田先生のロボット支援人工膝関節手術には毎回、参加させてもらっています。時代の流れには逆らえないので、好き嫌いを抜きに、自分の持っている知識や経験とロボット技術を融合させて、より質の高い医療を提供できるようにしていきたいと思っています。

西田
私がロボットの支援を得て行った手術は20例を超えました。ロボットを上手に使うことで、さらなる良好な成績を収められるように励みます。

藤井
両先生には匠の技を継承しつつ、ロボットも巧みに使いこなして、手術の質をさらに高めていってほしいと思います。引き続き頑張ってください。