北陸の医療の最後の砦 金沢大学附属病院
北陸の医療の最後の砦とされる金沢大学附属病院では、患者に優しい「低侵襲治療」の普及に力を入れています。中でも消化器がんの低侵襲治療は、腹腔鏡とロボット手術のエキスパートとして知られる稲木紀幸教授と、高難度手術を数多く手がけ、肝移植の国内第一人者である八木真太郎教授が両輪となって推し進め、全国屈指の成績を上げています。同い年で同期のお二人は、治療に加えて外科医の発掘と教育でも協力しています。これからの北陸の消化器外科を背負って立つお二人に、治療の最前線や若手の教育などをテーマに語っていただきました。金沢大学附属病院の蒲田敏文病院長がファシリテーターを務められました。
金沢大学医薬保健研究域医学系
消化管外科学/乳腺外科学 教授
稲木 紀幸 氏
【ファシリテーター】
金沢大学副学長/附属病院長
蒲田 敏文 氏
金沢大学医薬保健研究域医学系
肝胆膵・移植外科学/小児外科学 教授
八木 真太郎 氏
腹腔鏡、ロボットを駆使 体に負担少なく、合併症も軽減
蒲田
両先生には学会シーズン真っただ中に貴重な時間を割いてお集まりいただき、ありがとうございます。
稲木
私たちの方こそ、こうした貴重な機会を与えていただきまして、感謝申し上げます。
蒲田
本題に入る前に私から、3年前の教授選考の際にお二人を推挙した理由と背景について述べさせていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか。
八木
はい。なんだかちょっと緊張します(笑)。
蒲田
150年の歴史を刻む金沢大学附属病院は、長く「第一内科」「第二外科」といった「ナンバー制」を取り続けてきました。しかし、この「ナンバー制」は何を専門としているのか患者さんに分かりにくく、関連病院の実情とも乖離している部分がありました。
「再編」で内外の連携強化
稲木
私は「ナンバー制」のころの金沢大学も知っておりますが、同じ消化器外科診療を行っていても、第一外科関連の病院と第二外科関連の病院では、人材の交流はありませんでした。
蒲田
はい。京大や東大、阪大など主たる病院が次々と「ナンバー制」を廃止する中、私は2016年の病院長就任直後の教授会で、金沢大学も「ナンバー制」をやめて臓器別の診療科に再編することを提案しました。ある程度の風圧を覚悟していましたが、意外にも反対意見はほぼなく、「ぜひやりましょう」という賛同者が圧倒的に多かったのです。とは言っても、その後1年ほどはあまり進展しませんでした。現学長の和田隆志先生が医学類長になられてから本格的に動き出し、約2年の準備期間を経て、2019年4月に内科、翌20年4月に外科が再編されました。
八木
金沢大学の診療科再編には、そのような経緯があったのですね。
蒲田
外科はメーンの診療科が「心臓血管」「呼吸器」「肝胆膵・移植」「消化管」の4つに再編され、それに伴い教授も2名から4名に増員できることになりました。私としては新しい教授に、とにかく手術のうまい人に就いていただきたかった。もちろん、研究実績や人柄も重要な要素ではありますが。中でも肝胆膵に関しては、肝移植が2年半途絶えて風前の灯でしたので、しっかり復活させていただける人を、という思いで八木先生を第一候補とさせていただきました。
八木
ありがとうございます。
蒲田
一方で、消化管については、これからの外科の主流になる腹腔鏡手術のエキスパートをお呼びしたかった。私の頭の中に稲木先生の顔が浮かび、ちょうど稲木先生も教授選に応募されたので、是非、八木先生と力を合わせて外科を盛り上げていってほしいと思いました。
同期で同い年
気軽に相談できる仲
八木
私たちは同い年ということもあって、気軽にいろいろなことを相談できる仲です(笑)。
蒲田
それは良かった(笑)。
稲木
再編によって専門が分かりやすくなり、「第一」「第二」の垣根が取り除かれたことで、地域の医療機関からの患者さんの受け入れや関連病院への医師派遣も円滑にできるようになりました。また、より臓器に特化した研究、診療もできる環境になったと思います。
蒲田
そう言っていただけるとうれしいです。再編後、北陸3県のすべての県立病院に、より効果的に
医師を派遣できるようにもなりました。再編が金沢大学の外科の魅力向上につながり、外科を志す若者が増えてくれればありがたいのですが。
八木
病院長のお心に沿うよう、消化器外科は稲木先生と私が両輪となり、しっかり回していきたいと思っています。ただ、臓器別再編で気を付けたいのは、あまりに細分化すると関連病院との連携で難しい側面が生じる点です。大学病院の高度な専門性を維持しつつ、関連病院で即戦力となるような、何でもこなせる消化器外科医の育成が必要であり、その体制づくりなどについて稲木先生と話し合っています。
稲木
月一回は顔を合わせていますよね。
蒲田
そうなんですか。それは頼もしい。
八木
派遣医師の人事についても2人で相談しながら回すようにしています。
蒲田
関連病院も再編前の2倍に増えましたからね。ある程度の専門性を求められる中核病院もあれば、かかりつけ医的な役割の地域密着病院もありますので、誰をどこに回すかを決めるのもなかなか大変だとお察しします。では次に、お話しの中にもありました若手の育成プログラムについてお聞きしたいと思います。
稲木
外科専門研修の3年間は心臓、呼吸、消化器、乳腺、小児の必要手技全てを経験させます。外科全体が協力して基礎を教え込んだ後、我々が消化器外科専門医の育成に当たります。
蒲田
いわば「二階建て」の育成プログラムなのですね。
稲木
基本的にはそうなのですが、中には早い段階で方向性が決まっている若手もいますので、そういった場合はそれに対応したプログラムを組みます。まだ方向性が固まっていない人たちに対しても、柔軟な対応ができるようにプログラムを工夫しています。
蒲田
さまざまな志向に応じられるように、選択の幅を広げているのですね。ではいよいよ今回の対談の主題に入らせていただきます。まずは、両先生が取り組んでいらっしゃる低侵襲治療の現状と将来構想についてお聞かせ願えますか。
稲木
私が以前から取り組んできた腹腔鏡手術、胸腔鏡手術は開腹、開胸手術に比べて傷口が小さく、低侵襲の代表的術式とされてきました。近年はそこにロボット(※)が入ってきて、より難しい手術も低侵襲で、できるようになってきました。
※【ロボット】手術支援ロボット。執刀医は手術台から少し離れた場所で内視鏡カメラが捉えた3D画像を見ながら、手術器具を内蔵したアームを遠隔操作して手術を行う。
蒲田
確か腹腔鏡は、胆のうの手術から始まったのではないですか。
稲木
おっしゃる通りです。腹腔鏡が最初に導入されたのは胆のう摘出手術で、小さな臓器を取る程度でした。次に大腸という比較的大きな臓器の手術現場に取り入れられ、次に胃や上部消化管、今では八木先生のご専門の肝胆膵の領域でも腹腔鏡手術が行われています。
蒲田
安全性の高い部分から徐々に適用領域が広がっているのですね。
稲木
はい。ロボットも同様の経緯を経て消化管や肝胆膵領域に導入されていますが、こちらはまだ過渡期にあります。
ロボットが人の手の動き再現
最高レベルの低侵襲治療法
蒲田
稲木先生は腹腔鏡とロボット手術の両方に豊富な経験をお持ちですが、両者の違い、それぞれの長所短所について、どうお考えですか。
稲木
腹腔鏡ではポートに入れた鉗子の先が開閉するだけですが、ロボットでは鉗子の先が人間の手首と同じように自在に曲がるので、可動域が飛躍的に広がりました。鉗子には人間のような関節があり、腹腔鏡では不可能だった手のような動きが再現できます。より細やかな作業ができるようになり、これまで届きにくかった非常に奥まったところにも手術器具が届くようになりました。
蒲田
難易度の高い手術も、よりやり易くなったわけですね。
稲木
ロボットは手ブレのない手術手技も可能であり、現時点では最高レベルの低侵襲治療法と言えるのではないでしょうか。
価格も操作難易度も高い
蒲田
そのロボットにも短所はありますか。
稲木
デメリットとしてはまず高額であること、でしょうか。そして、高度な操作技術を要するので免許が必要であったり、トレーニングに時間がかかったりして、現状では気軽に教育できる環境にないことが挙げられます。
蒲田
ロボットは若手に関心が高いと聞いていますが、いきなりロボットにチャレンすることはできるのですか。
稲木
かつては内視鏡外科技術認定医の資格を持っていなければ、ロボットの操作はできませんでした。しかし、その制度もロボット手術の急速な普及に伴い、徐々に敷居を低くする方向に変わりつつあります。
消化管手術、ほぼ100%低侵襲
蒲田
消化管領域では開腹手術は、あまり行われていないのでしょうか。
稲木
大学病院のような専門性の高い医療機関では開腹手術の割合はかなり減っています。金沢大学
での消化管手術は、腹腔鏡またはロボットによる手術がほぼ100%を占めています。我々のみならず、心臓外科、呼吸器外科、泌尿器科、整形外科、婦人科などでも低侵襲手術が積極的に行われています。
蒲田
八木先生のご専門である肝胆膵領域での低侵襲治療は、どのような状況でしょうか。
八木
消化管ほどではありませんが、それでも幅広い領域で、かなりの数の手術を腹腔鏡下で行っています。ロボット手術もやらせていただいていますが、その数は消化管に比べると、まだまだ少ないのが現状です。しかし、低侵襲治療のメリットはとても大きく、例えば肝硬変や肝がんの手術を腹腔鏡下で行う場合、患部周囲の側副血行路を破壊せず、患部にダイレクトに到達することができます。また、傷口の小ささは患者さんの体への負担を軽くするだけでなく、精神的な影響も小さくします。それと、とにかくロボットは、(体内が)よく見えますよね笑)。
稲木
見え過ぎるくらい見えるでしょ(笑)。
八木
はい。神経の1本1本や細かい動脈、静脈もよく見えます。腹腔鏡とは全然、見え方が違いますね。
稲木
腹腔鏡手術の画像は2次元が主流ですが、ロボットでは3D画像で、しっかり拡大して観察できますからね。画像が立体的なので、奥行きの確認もできます。
切開1カ所、より体に優しい最新型
蒲田
最新型のロボットは、さらに進化を遂げていると聞きました。
稲木
よくご存じで。「単孔式」と言いまして、体に1カ所だけ穴を開けて、そこに直径2・5センチのアームを1本入れます。アームに内蔵された内視鏡と3本の手術器具が出てきて、自由自在に操作できるという優れものです。より傷が小さく体に優しい手術が提供できるようになります。
蒲田
それはすごい。2代目のダビンチは単孔式にしようかな(笑)。八木先生は膵臓がんにもロボット手術を実施していらっしゃいます。
膵臓がんにもロボ適用
八木
はい。ロボット手術の対象となるのは膵臓のうち「膵体尾部」にできたがんです。
蒲田
「膵体尾部」とは十二指腸の反対側に位置する、膵臓の「尻尾」の部分のことですね。
八木
おっしゃる通りです。2023年1月から10月末までに7人にロボット手術を実施しました。皆さん、術後の経過は良好です。
蒲田
膵臓は体の深いところにあって、他の臓器に比べると小さいですし、囲には太い血管や重要な神経が複雑に入り組んでいます。
八木
はい。治療には高度な技術と慎重さを要するのですが、そのような治療にこそ、ロボットは本
領を発揮します。稲木先生がお話しされたように、ロボットには手振れ抑制機能が備わっていて安定感が違います。また、さまざまな方向から自在に手術器具を入れることができる点も有利です。いずれ膵体尾部のがんは、ほとんどがロボット手術になるかもしれません。
蒲田
膵体尾部のロボット手術は、保険適用になっていますね。
八木
はい。膵臓がんでは膵頭十二指腸切除も保険適用になっていますが、保険診療としてロボット手術を行うには施設基準(※)があります。
※【施設基準】厚生労働大臣が定めた医療機関の機能や設備、診療体制、安全面、サービス面等の基準で、一部の保険診療報酬の算定要件として定められている。
蒲田
施設基準を満たすために大学病院が手術費用を全額負担して10例ぐらいの実績を挙げないといけませんね。
八木
ぜひお願いします(笑)
国産「ヒノトリ」の実力は?
蒲田
最新の医療を提供するための必要投資ですからね。ロボット手術に関しては、今年1月に金沢
大学は北信越5県で初めて国産の「hⅰnotorⅰ(ヒノトリ)」を導入し、ダビンチとの2台体制にしました。稲木先生がメーンになって使っていらっしゃいますが、実際に使ってみて、どうでしょうか。
稲木
ひと言で言うと、乗りなれた車から違うメーカーの新車に乗り換えた感覚です。初めのころは多少の違和感がありましたが、これまでに10例以上の経験を積み、今ではすっかり慣れました。
蒲田
右ハンドルから左ハンドルの車に変わったような感じだったのですね(笑)。
稲木
その通りです(笑)。ヒノトリの活用にあたっては、ダビンチでの長年の実績がある領域から進めています。泌尿器科では前立腺、消化管外科では胃がんです。食道も最近、始めました。婦人科でもダビンチでの症例の多い領域からヒノトリを使っています。ヒノトリは基本的な操作や道具のコンセプトがダビンチと似ていますので、比較的慣れやすいと思います。いずれの診療科も、ダビンチと比べて遜色ないレベルの手術ができています。
医療現場の声、届けやすく
ダビンチ以上に細やかな動作
蒲田
国産のメリットはありますか。
稲木
海外のメーカーに比べて、開発者に医師の声を届けやすいですね。改良してほしい点などを指摘すると柔軟にプログラムを改善してくれます。それと、ダビンチに比べてアームの関節が1カ所多い8カ所あるので、より滑らかで細やかな動作ができます。
蒲田
サイズもダビンチより一回り小さいので、一般的な手術室でも使えますしね。費用もダビンチより大幅に抑えられました(笑)
遠隔地の手術支援や指導も
稲木
それも大きなメリットです。それと近い将来、ヒノトリによって遠隔手術の支援や指導ができるようになる見通しです。
蒲田
ほお、それは興味深い。
稲木
アメリカのダビンチのメーカーは、遠隔使用については参入しない意向を示しており、ダビンチ同士での遠隔ネットワークの構築は難しい状況です。これに対して国産メーカーは、国策でもある遠隔地の医療支援をバックアップする方針です。
蒲田
遠隔の場合、タイムラグが気になりますが。
稲木
5G(第5世代移動通信システム)のような高速通信回線で結べば、0・25秒以内の遅延に収まり、ほとんど支障はありません。さらに有線ラインを使った国内の実証実験では、0・1秒以内とほぼリアルタイムで、遅延に関してはまず問題ありません。
蒲田
将来が楽しみですね。石川県は縦に長く、金沢まで行くのが難しい能登の患者さんにとって、ロボット遠隔治療は大きな福音ですよ。可能ならば、医療の集約化を進め、能登北部でもロボット手術ができる拠点施設を設け、大学の医師が指導していただける体制を整備できればありがたいのですが。
稲木
能登北部は医師不足が特に深刻ですからね。
金大附属病院の肝移植
2年半停止も「ギリ間に合った」
蒲田
そうなんです。ではテーマを肝移植に移したいと思います。八木先生を金沢大学にお招きした理由の1つが肝移植の再開でした。金沢大学は北陸で唯一の肝移植実施医療機関であり、北陸の「最後の砦」です。その「砦」が崩壊の危機に瀕しておりました。
八木
病院長のお話しにもありましたように、金沢大学の肝移植は2年半止まっていました。ただ、まだギリ間に合ったと言いますか、体制を立て直すところまで深刻な状況には至っていませんでした。少し手直しすれば元に戻せる状態でした。
蒲田
ギリギリ間に合ったと聞いて、ホッとしました(笑)。
「総合力」の高さが
助からない命も救う
八木
何よりも、金沢大学はICU(集中治療室)のサポート体制がハイレベルで、前任の京大の上をいっているように感じます。とても助かりそうにない劇症肝炎の患者さんを、移植にまで持ち堪えさせて救った例がいくつもあります。
蒲田
心強いお話しです。
八木
移植手術は外科医の力だけでは限界があります。内科、放射線科、薬剤部、輸血部など、いろいろな診療科や看護師をはじめとする多職種の方たちの協力があって、できるのです。病院の総合力を問われるのが移植医療であり、金沢大学の総合力は、すばらしく高い。着任以来、そのことを実感し、いろいろなところで申し上げています。
肝移植、着任2年半で生体11 、脳死4例の実績
蒲田
うれしいなあ。本学に着任後、肝移植手術は何例ほど実施されていますか。
八木
生体肝移植は2021年春から今年10月末までに11例、脳死肝移植も4例実施しました。金沢大学に着任してすぐに担当した患者さんは20代前半の女性でした。劇症肝炎で意識を失い、肝移植をしないと1、2週間で命を落とす、かなり危険な状態でした。今はすっかり元気になられて、歯医者さんの事務の仕事をしていらっしゃいますよ。この患者さんも金沢大学の「総合力」が救ったのです。
蒲田
他院の肝移植の支援もされているそうですね。
八木
はい。北陸の他院での脳死ドナーさんの肝臓摘出手術をする際に、当院のスタッフが行っています。
蒲田
八木先生が着任されてから、北陸全体の移植体制が、かなり充実してきたのではないかと思います。次に、稲木先生のご専門領域である食道がんの治療について伺いたいと思います。食道がんは、最も低侵襲治療が浸透している領域だとお聞きしますが。
稲木
そうだと思います。開腹から胸腔鏡になって、呼吸器系の合併症が激減しました。さらにロボットの導入後は、声帯の動きに関わる反回神経など温存すべき神経へのダメージが小さくなり、誤嚥性肺炎などの後遺症や合併症が、より減少しています。
食道がんはロボ手術100%
蒲田
胸腔鏡よりもロボット手術の方が多いのでしょうか。
稲木
金沢大学では100%、食道がんの治療はロボットでやっています。食道がんは前立腺がんと並んで、ロボットの最適用領域の1つです。
蒲田
ロボットがそこまで浸透しているとは思いませんでした。まさに医療の世界は日進月歩ですね。
稲木
ロボットは腹腔鏡に比べて(体内の)見え方が全然違いますし、従来の胸腔鏡ではリンパ節の郭清を行う際、場所によっては手術器具がどうしても届かないという、もどかしさがありました。ロボットはこの点も概ね解消してくれます。
化学療法と組み合わせ
切除できる症例増える
蒲田
食道がんにしても、八木先生のご専門の膵臓がんにしても、低侵襲治療に加えて、術前術後の化学療法が不可欠となっていますよね。
稲木
進行食道がんは以前から術前化学療法が標準的となっていました。切除不能や進行食道がんに対しては、オプシーボ(ニボルマブ)のような免疫チェックポイント阻害薬を投与する治療がガイドラインに組み込まれました。この薬剤は、場合によっては非常に効果を示し、大きな食道がんが小さくなったり、頸部や腹部のリンパ節への転移が消失したりしています。化学療法とのコンビネーションで、切除不能ながんが最終的に手術で切除できるようになるケースが、かなり増えています。
完全切除の膵臓がん、5年生存率54%
八木
私の専門領域も全く同じです。金沢大学は伝統的に膵臓がんの手術で優秀な治療成績を上げていますが、その要因の1つが術前術後の化学療法です。内科の先生方のご協力を得て化学療法を駆使することにより、以前なら動脈に接して切除不可能だった進行がんを動脈から離れた状態にまで縮小させ、切除できるケースが増えています。金沢大学で、完全に切除できた患者さんの8割から9割がR0(アールゼロ)(※)を達成しており、その方たちの5年生存率は54%となっています。膵臓がんも、早期発見して切除すれば治る時代になってきたのです。
※【R0(アールゼロ)】手術によって肉眼はもとより顕微鏡で確認しても腫瘍が取り切れた状態。完全切除、治癒切除ともいう。
蒲田
膵臓がんとは思えないほどの好成績ですね。
八木
ありがとうございます。最適な化学療法や正確な画像診断など、関連各診療科がベストを尽く
し、協働が非常にうまく機能しているからこその成績だと思います。
診療科横断の「膵がんユニット」
一人ひとりに最適な治療法探る
蒲田
「総合力」の賜物なのですね。「総合力」といえば、八木先生は2021年に膵臓がんの診療科横断のチーム医療を始められました。
八木
チーム名を「膵がん診療ユニットカンファレンス」、通称「膵がんユニット」と申します。患者さんは内科とか外科とか関係なく、金沢大学で治してほしいと思って来院されますので、大学病院の総力を挙げて治療に専念する体制づくりを目的に結成しました。
蒲田
具体的にはどのような取り組みをされているのでしょうか。
八木
肝胆膵・移植外科に加えて消化器内科、放射線科、病理医の各診療科が毎週合同カンファレンスを実施し、全患者さんを一例一例、画像を診て詳細に検討し、最適な治療法を選択しています。この症例なら手術で取り切れる、この症例はちょっと難しい、とか、手術前にどのような化学療法を用いるのか、術式は何が良いのか、というような難しい判断を、皆で議論し、頭を悩ませながら行っています。
蒲田
大学病院の総合力をフルに生かして、一人一人の患者さんと向き合っていらっしゃるのですね。では最後に、若手のリクルートと教育についてお聞きしたいと思います。
八木
私は金沢大学に着任時、本学を含め北陸の外科医の数が非常に少ないことに驚きました。そこで、優秀な若手を全国からリクルートすることを自分の最重要課題の1つとしたのです。
蒲田
そうでしたか。ありがとうございます。
八木
実は病院長が冒頭にお話しされた外科の再編が若手を発掘するうえで大きなメリットとなっています。稲木先生との間で、診療はもとより、若手の発掘と教育も協力して取り組むことで一致しており、月1回、顔を合わせて情報を交換し、作戦を練っています。
稲木
外科4診療科の教授によるミーティングも1~2カ月に1回、開いています。
蒲田
ここでも診療科横断のチームプレイを発揮していらっしゃるのですね。
稲木
はい。外科医の魅力を伝えることも大事ですが、それだけでは若者は来てくれません。働き方改革の具体例を示す必要があります。
蒲田
そうですね。その働き方改革は進んでいらっしゃいますか。
八木
従来の1人主治医制からチーム制に移行したり、当直制をやめて自宅待機で何かあったときに対応する「オンコール」制を導入したりして、外科医の負担もかなり減ってきました。また、夜間に行われることも多かったカンファレンスを就業時間内に終わらせるようにもしました。まだ道半ばですが、確実に医療現場の働き方改革は進んでおり、医師も自宅で家族とともに過ごせる時間が増えていると思います。
VRは若手教育のカギ
いつでも効果的に手術体験
蒲田
若い人たちが勉強する時間も確保しやすくなっていますね。
稲木
若手の勉強に関連して申し上げますと、VR(仮想現実)技術の活用が今後の教育のキーになると思います。
蒲田
手術前のシミュレーションや手術中のナビゲーションを行うアレですね。八木先生もお使いでしたよね。
八木
病院長にお認めいただいて2023年4月に導入した、「Holoeyes(ホロアイズ)」を使わせていただいています。VRに現れる仮想の膵臓で手術の練習ができ、手術中にどの部分を切るべきなのかもVRが案内してくれます。VRの膵臓は放射線科で撮影したCT画像などを基に、患者さんの実際の膵臓を3Dモデルで出力しています。膵臓と病変、周辺の血管が色分けして表示され、専用のゴーグルを掛けると、まるで目の前に浮いているかのように膵臓が出現します。
蒲田
ひと昔前のSF映画のような光景ですね。
稲木
「ジョリーグッド」という、手術シーンを高精度360度カメラで撮影し、執刀医の視点で手
技や機器の使用方法を体験できるVRシステムも導入しています。このシステムを若手教育に有
効活用したいと思っています。医療現場では、紹介患者さんに応じてさまざまな手術が行われておりますが、定期的に研修に回ってくる医学生や若手医師は、タイミングによっては経験できない手術もあります。その点、このVRコンテンツをアーカイブ(保存)しておけば、いつでも、効果的に、さまざまな手術のバーチャル体験が可能になります。習熟度もより早くなるのではないかと考えます。
蒲田
若い人はVRのような先端技術に関心が高いでしょうしね。本日はいろいろと興味深いお話
を聞かせていただき、ありがとうございました。これからもお二人が力を合わせて、金沢大学、そして北陸の外科医療を盛り上げていっていただきたいと思います。