往年のテレビアニメ「オバケのQ太郎」の主題歌に 「自分のいびきで目がさめた~」という歌詞があります。 わんぱくなオバQらしいユーモラスな光景だと思いがちですが、もしあなたにこのような症状があるなら要注意です。睡眠中に呼吸が止まる「睡眠時無呼吸症候 群」の可能性があるからです。日中、強い眠気に襲われるだけなく突然死の危険性も高まるこの病気について、富山西総合病院副院長で循環器内科医師の石瀬久也先生にお聞きしました。
石瀬 久也 氏
富山西総合病院副院長・循環器内科医師
1988年 富山医科薬科大学 医学部卒業。同大学第2内 科入局。1996年 同大学院修了。医学博士。 糸魚川生活協同組合姫川病院、射水市民病院 内科部長/心臓血管セン ター長 等を経て、2017年 八尾総合病院。2018年 富山西総合病院副院長。
心臓に負担、突然死の要因に
突然襲う強烈な眠気 悲惨な事故招く場合も
2012年4月、群馬県藤岡市の関越自動車道で、石川、富山両県に住む乗客7人が死亡する高速ツアーバス事故が発生しました。このとき、バスの運転手の居眠りとの関連について、その名が繰り返し報じられたのが睡眠時無呼吸症候群です。
この事故から 年が経ちましたが、その後も睡眠時無呼吸症候群が関連しているとみられる事故は後を絶ちません。
このように、睡眠時無呼吸症候群の状態を放置すると、運転中などに突然、強い眠気に襲われます。恐ろしい事態を招 く前に、この病気のサインを見逃さず、 肥満だけじゃないしっかりと治療することが大切です。
激しいいびき、日中の眠気、 起床時の口の渇きは危険サイン
1時間に 10秒以上、呼吸が止まることを「無呼吸」、 10秒以上呼吸が浅くなることを「低呼吸」といいます。これらの状態が1時間に5回以上繰り返される場合、睡眠時無呼吸症候群とみなされます。
成人では15回までを軽度、15〜30回を中等度、30回以上を重度に分類されます。
危険なサインとしてはまず、激しいいびきがあります。ご家族からほぼ毎晩、大きないびきをかいていると指摘されれば、睡眠時無呼吸症候群の可能性が高いでしょう。窒息感で目が覚めるようなら、かなりの重症です。
一人暮らしや個別の寝室だと激しいいびきをかいているかどうかが分かりにくく、無自覚なまま症状を見過ごす場合が多いのが実情です。
いびき以外の兆候としては、日中の眠気が強く、車の運転や大事な会議の最中でも強い眠気に襲われる、いつも頭が重い、夜間に何度もトイレに起きる、寝ている時に頻繁に足がつる、などが挙げられます。
また、この病気の患者さんは鼻呼吸がしにくく、無意識に口呼吸をするため朝目覚めた際にいつも口がカラカラに乾いた状態になっていることが多いです。
思い当たる人は早めに内科や耳鼻咽喉科を受診するようにしましょう。
肥満だけじゃない、スリムな「小顔」も要注意
睡眠時無呼吸症候群には2種類あり、大半を占めるのが、のどの奥(気道)がふさがる閉塞性無呼吸症候群です。
気道がふさがる原因として、最も多いのが肥満です。肥満になると体だけでなく舌やのどの周りにも脂肪がつき、空気の通り道である気道が狭くなります。
睡眠中は咽頭や舌の付け根の筋肉が緩んでさらに気道が狭くなるため、無呼吸状態に陥りやすいのです。
ただ、日本人の閉塞性無呼吸症候群患者の4割は肥満ではありません。
やせている人の中にもこの病気に罹っている人は大勢います。
スリムな体型であっても、扁桃腺が大きかったり、あごが小さかったりすると気道の十分な確保が難しく、無呼吸になりやすい傾向にあります。
少女漫画に登場するような、あご先の尖った、いわゆる「小顔」の人は、危険因子が高いと思った方が良いでしょう。
国内推定患者900万人!大半が治療せずに放置
2019年に国内で中等度以上の成人の閉塞性睡眠時無呼吸症候群の推定患者 数が900万人以上いるとの報告が発表 されました。一方で、厚労省の統計によ れば2020年時点で、睡眠時無呼吸症候群の最も普及している治療法であるC PAP(シーパップ)療法を受けている患者は65万人ほどしかおらず、大半が自覚もなく、放置しているのが現状です。
前述した通り、この病気を放置すると、 自分では制御が困難な強い眠気に襲われるようになります。しかし、この病気がこわいのは、それだけではありません。
この病気は寝ているうちに呼吸が止まったり、弱くなったりすることで血液中の酸素が欠乏し、二酸化炭素がたまるのが特徴です。
何度も目が覚めたり、低酸素血症や高二酸化炭素血症を繰り返したりする事で交感神経の働きが過剰に活発化し、血圧が上昇します。
その結果、糖尿病の発症リスクが2倍、脳卒中の発症リスクが3倍以上高まるとの調査報告があるほか、狭心症や心筋梗塞、不整脈などの心疾患を引き起こし、突然死する危険性が高まるのです。
また、コロナウィルスの感染リスクが8倍、重症化リスクが約2倍に上昇することが知られています。
空気の圧力で気道を確保、生活習慣改善も心掛けて
軽症の場合、マウスピースで症状を抑 える方法がよくとられています。下あごを上あごよりも前に出すように固定させることで上気道を広く保ち、いびきや無呼吸の発生を防ぎます。
中等症以上の場合は、前述して「CPAP療法」が最も有効な治療法です。
箱状の装置からチューブを伝って患者の鼻に空気を送り、空気の圧力で気道を広げる方法で、根本的な原因を取り除くことはできませんが、ほぼ確実に無呼吸を減らすことができます。
装置に違和感を覚える人も少なくありませんが、使用しているうちに次第に慣れてきます。
CPAP装置は医療機関からのレンタルとなり、毎晩の状態を医師は遠隔モニタリングで把握することができます。
2〜3ヶ月に1回通院することで保険適用になります。
このほか、減量や寝酒をやめるといった生活習慣の改善、横向きに寝ることなどで症状が緩和する事があります。
脳からの呼吸指令が止まり「過呼吸」「無呼吸」交互に
肥満やあごの形状などが原因で気道がふさがる「閉塞型」とは別に、「中枢型」と言われる睡眠時無呼吸症候群があります。
脳からの呼吸の指令が止まってしまう病気で、心不全患者に多く発症するのが特徴です。
睡眠時、体内の二酸化炭素を一定に保とうと呼吸は調節されています。
ところが、心機能などに異常があると、血液循環に時間がかかるために二酸化炭素濃度の増減を脳へ伝達する速度が遅れる一方で、二酸化炭素濃度を感知する脳内のセンサーの感度が過敏になる傾向にあります。
その結果、二酸化炭素を減らそうとする過呼吸と、二酸化炭素を増やそうとする無呼吸を繰り返してしまいます。
だんだん息が弱くなって止まり、その後、呼吸が再開して息が荒くなる「チェーンストークス呼吸」になるのです。
心不全患者さんが患う睡眠時無呼吸症候群の多くは「中枢型」と「閉塞型」が混在しており、心不全が重症化するほど「中枢型」の割合が高まります。
「中枢型」の場合、CPAP療法では充分な治療効果が得られない場合があります。そのような症例にはASV(適応補助換気)療法を行うことで、夜間のみならず日中の異常呼吸の改善を試みます。
ASV療法では患者さんの呼吸パターンに応じて適切に圧力をかけて呼吸をサポートするので、正常に近いスムーズな呼吸が実現可能です。
その結果、単に無呼吸を抑制するのみならず、心不全患者さんの自律神経バランスを改善させることで、先に述べた脳内センサーの感度を適正化し、チェーンストークス呼吸を改善させる効果が期待できます。
睡眠時無呼吸症候群は、睡眠障害に関連した呼吸の異常だけではなく、全身性疾患ととらえることが重要です。
心臓に持病のある人は、睡眠時無呼吸症候群の検査を受けてみることを特にお勧めします。