免疫細胞の強化・抑制を精密にコントロール
国立大学の知と伴走型VCが織りなす北陸発バイオ医薬の可能性
人間のほぼ全ての細胞から分泌される微粒子「エクソソーム(※)」。細胞間の情報伝達役であるこの微粒子が、医療を劇的に変えるかもしれません。難治性がんやアルツハイマー病など有効な治療法のない疾患の新たな治療選択肢となる可能性を秘めているのです。エクソソーム及び免疫研究の第一人者である金沢大学ナノ生命科学研究所の華山力成教授と同大学が設立した起業投資会社「ビジョンインキュベイト」取締役・武田泉穂氏が、直径約1万分の1ミリの極小微粒子の無限の可能性と世界初のエクソソーム創薬の上市に向けた取り組みについて熱く語りました。




武田 泉穂氏
株式会社ビジョンインキュベイト取締役
金沢大学副学長(産学連携担当)・客員教授
東京工業大学(現東京科学大学)にて博士号を取得(理学)。専門は生物物理学。
金沢で生まれ育つ。金沢大学教育学部附属高校、金沢大学理学部化学科を卒業。
理学博士取得後は東京工業大学で博士研究員を経て、ライフサイエンス・バイオテックを主軸とした複数のベンチャービジネスに経営者・創業者・投資家として参画。ヘルスケア、医療、バイオ業界における事業開発を専門とする。
MVP株式会社代表取締役、株式会社ビジョンインキュベイト取締役、金沢大学副学長(非常勤、産学連携担当)/経営協議会委員/客員教授。東京科学大学特任/MOT非常勤講師。科学技術振興機構 大学発新産業創出基金事業 ガバニングボード委員、他。
華山 力成氏
金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI) 医学系免疫学教授
1999年 大阪大学医学部医学科卒業
2004年 大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了(博士(医学))
2005年 米国ハーバード大学医学部 HFSPフェロー
2008年 京都大学大学院医学研究科 助教
2011年 大阪大学免疫学フロンティア研究センター独立准教授
2015年 金沢大学医学系免疫学/ナノ生命科学研究所教授(現職)
【主な受賞歴】 GE&サイエンス誌・若手科学者賞、文部科学大臣表彰 若手科学者賞、大阪大学総長奨励賞、金沢大学学長表彰など
華山
武田さん、本日は快晴の横浜から寒空の金沢へお越しいただきまして、ありがとうございます。
武田
私は金沢で生まれ、大学卒業までこちらにおりましたので、今日のようなどんよりとしたお天気は全然気になりません。人生のほぼ半分を横浜で過ごしておりますが、いまだに連日晴天で乾燥しきった関東の冬には、ちょっと馴染めておりません(笑)。
華山
武田さんの根っこは今も金沢におありだということですね。そういえば武田さんのご実家は、加賀藩の著名な武家の末裔だそうですね。
先祖は大聖寺城代
武田
そのようです。先祖は津田重久という二代加賀藩主前田利長の家臣で、大聖寺城の城代も務めていました。ちょっと面白いのは、この人は足利義昭、明智光秀、豊臣秀吉、そして前田利長と、主君を次々と変えながら戦国の世を生き抜いているんですね。明智光秀に仕えていた時には本能寺の変の先鋒として力戦し、戦果の褒美として光秀から、信長の愛刀だった名刀を与えられています。それにも関わらず、光秀が没した後は秀吉の直臣となっています。伊達政宗ら有力武将たちからも相次ぎ仕官の誘いがあったらしいのですが、全て断っているんですよ。
華山
凄い方がご先祖にいらっしゃるのですね。おそらく最強の伴走支援者として名だたる武将たちになくてはならない存在だったのでしょう。その血筋を引く武田さんは博士研究者からキャリアをスタートし、大学発ベンチャーの起業家・ベンチャーキャピタリストとして20年以上のご経験を持ち、多数のスタートアップの創業を支援し、成長・発展に貢献されています。その才覚はご先祖から受け継がれたものだったのですね。
武田
そうであれば良いのですが(笑)。
華山
2023年に金沢大学が国内初となる100%出資のベンチャーキャピタル(VC)・ビジョンインキュベイト(※)を設立し、武田さんが取締役に就かれました。そして、私のエクソソーム創薬にリード投資家として名乗りを上げてくださいました。心強い限りですが、私の研究をサポートしたいと思われた理由について、あらためてお聞きかせ願えますか。

「改変型」で既存治療法の課題に挑む
品質の均一化と機能設計で精密医療へ
武田
はい。現在、創薬市場で急成長している抗体医薬は素晴らしい技術ですが、大きな壁に直面しています。抗体は「単一の標的」を狙い撃ちすることには長けていますが、複雑に因子が絡み合い原因特定が困難な疾患には限界が指摘されています。COVID-19(新型コロナウイルス)のように標的(スパイクタンパク)が変化する場合もそうです。私はコロナ流行期に身をもって、抗体医薬開発の難しさとリポソームナノ粒子(※)のドラッグデリバリーシステムの限界を痛感しました。華山先生が研究されているエクソソームは、細胞のような多様な働きを持ちながら「非細胞」であるため拒絶反応が極めて少なく、かつ複数の指令(シグナル)を一度に体内に送り込めます。血液脳関門(BBB※)も通過し得るので、脳にも薬剤を届けることができる。この多機能性と安全性の両立は、創薬における「ブルーオーシャン(未踏の市場)」だと確信したのです。
華山
確かにそうですね。抗体医薬と並び注目を集めるiPS細胞などの細胞医療は、他人の細胞を使うことから拒絶反応や感染のリスクがあります。また、「CAR-T細胞療法(※)」など自分の細胞を使う「オーダーメイド型」の場合、技術的なハードルが一層高く、1回数千万円という莫大なコストがかかってしまいます。
武田
投資家としての視点で見れば、この「高コスト・高リスク」が、今のバイオベンチャーの成長を阻む最大のボトルネックです。
不安定な「天然型」
華山
従来のヒトの間葉系幹細胞などから採取したエクソソームをそのまま使う、いわば「天然型」の手法では、エクソソームの品質や機能の再現性が課題となります。我々が目指すのは、遺伝子工学技術を培養細胞に施して設計したエクソソームで、品質を均一化するとともに、特定の病変組織や免疫細胞に薬剤や核酸を精密に送達できる「改変型」エクソソームです。どの細胞にどういった分子を届けて、どのように作用させるか。これらを全て私たち自身でデザイン(設計)して製剤化することから「デザイナーエクソソーム」と呼んでいます。
武田
抗体が持つ特異的な標的認識能力と、エクソソームの高いデリバリー能力を組み合わせたハイブリッド型ですね。
華山
はい。「デザイナーエクソソーム」では、例えば「がん細胞の目印」と一緒に「免疫細胞を活性化させる分子」も載せます。これにより、他の免疫細胞には影響を及ぼさずに、「がんだけを狙い撃つ免疫細胞」のみを活性化でき、副作用のリスクを最小限に抑えることが期待されます。既にがん細胞を移植したマウスへの投与で、「キラーT細胞(※)」を選択的に増やし、生存期間を顕著に延長することを確認しています。また、別のデザイナーエクソソームでは、免疫細胞の「司令塔」の役割を果たす「ヘルパーT細胞」の強化にも成功しました。
武田
「当たるも八卦、当たらぬも八卦」的な従来のエクソソーム治療とは全く異なる、安全で精密な医療を実現できる技術を開発されたわけですね。
華山
おっしゃる通りです。逆に免疫細胞を選択的に抑制することも可能です。関節リウマチなど、免疫が自分の組織を攻撃することで生じる自己免疫疾患では、原因となる免疫細胞を抑える「制御性T細胞」を選択的に増やし、がんやウイルスを攻撃する免疫細胞の働きは維持します。私たちが開発した技術の最大の特長は、目的に応じて特定の細胞(がん細胞、免疫細胞、組織など)を認識する「標的化分子」と、生体内での機能を担う「薬効分子」をプラモデルの部品、モジュールのように自在に組み合わせられる点です。
武田
先生のこの「モジュール型」の設計思想は、ビジネス的にも極めて合理的です。パーツを入れ替えることで、がんに限らず、自己免疫疾患やアレルギー、さらには脳疾患へと、一つの技術基盤から無数の「パイプライン(新薬候補)」を生み出せる。この拡張性こそが、グローバル競争に勝つための武器になります。
華山
心強いお言葉です。
世界が躓いた「壁」クリア
武田
世界に目を向けると、かつて期待された米国のエクソソームベンチャーが倒産する例も出ています。その原因を分析すると、結局「安定した品質のものを大量に作れない」という製造の壁に突き当たったからです。どんなに優れた理論も、安価に、かつ均一に製造できなければ社会実装は極めて困難です。
高純度、高収量な精製技術を開発
華山
ご指摘の通りです。エクソソームは細胞から産生される微粒子ですが、実はこの微粒子を精製する方法が世界的にまだ確立されていません。いかにして生体に近いエクソソームを高純度かつ高収量で安定的に精製するか。世界共通の課題でもあるのですが、我々は富士フイルム和光純薬(大阪市)と共同で、エクソソームを無傷な状態で、しかも簡単に抽出する技術を開発しました。既に製品化し、国内では我々の技術が標準的な方法の1つになっております。
武田
エクソソームの精製法も凄いのですが、それを基に製剤化する際の品質評価方法が、これまた凄いですよね。
AFMが品質管理に威力 ナノ単位の構造変化見逃さず
華山
はい。製造では品質管理という項目も非常に重要です。とりわけ人の健康や命にかかわる医薬品は、製造業で最も厳しい評価基準となっています。そのような状況の中で、エクソソームは直径が約100ナノメートル(1万分の1ミリメートル)と非常に小さく、その構造の変化をリアルタイムで捉えることは困難でした。精製エクソソームが製造段階でも高品質を保持できているのか、評価が極めて難しかったのです。この難題を我々は、金沢大学のナノ生命科学研究所が世界トップレベルの技術を有する「AFM(原子間力顕微鏡)※」で克服することができました。一般的な顕微鏡(光学顕微鏡)では200ナノメートル以下のものは、ほぼ確認できませんが、AFMは0.1ナノメートルまで見ることができます。
武田
0.1ナノといえば物質の基本構成要素である「原子」のサイズに相当する、私たちの想像を絶する極小の世界です。
華山
おっしゃる通りです。さらにAFMの特筆すべき特長は、液体の中の物質も観察できる点です。世界の研究機関で広く使われている電子顕微鏡は、真空環境下で観察するため、試料を完全に乾燥させなければなりません。そのため、本来の形状を保持したまま観察することが難しい場合があります。エクソソームは本来、サッカーボールのような球形なのですが、電子顕微鏡では潰れてドーナツ状に見えます。本来の形状が正確に把握できなければ、製造過程での構造の変化、品質の劣化を十分に確認できません。AFMを使って液中で見ると、精製エクソソームはちゃんと球形になっていて、それが製造過程で形が変わったり、球形を保ったままだったりすることが鮮明に分かります。
武田
AFMの開発で世界をリードする安藤敏夫先生(金沢大学ナノ生命科学研究所特任教授)は私の恩師でもありますが、本当に驚異的な技術です。これを使うことで、製造過程で「エクソソームが設計通りの形を保っているか」をナノレベルで検証できるので、世界的にも強力な差別化要因となり得ます。
凍結・乾燥保存が可能 大量生産、大量輸送でコスト抑制
華山
しかも、我々の製剤は「凍結乾燥」が可能です。ニーズに応じたまとまった量のエクソソームを作り、凍結もしくは乾燥させます。そうすることで何カ月も保存でき、解凍または液体に再び溶かした後も活性が維持されることを確認しています。
武田
従来、エクソソームを凍結させると構造が変化して形が崩れ、医薬品としての要件を満たさない可能性がありました。そこをクリアされている先生の研究力に、あらためて敬服します。ちなみに、常温保存はできるのでしょうか。
軽く小さく、空輸も簡便に
華山
はい。乾燥粉末にすれば常温でも保存・運搬ができます。
武田
新型コロナワクチンは冷蔵保管の必要があり、低温での輸送・保管網「コールドチェーン」の整備に多額の費用を要しました。冷蔵庫のスイッチが入っていないなどして常温になってしまい、大量に廃棄した事例もありましたよね。しかもコロナワクチンは液体製剤なので保管設備も大がかりで、輸送の際も重くてかさばるため、取り扱える量が限られました。常温保存できる乾燥粉末なら軽くて小さく、運べる量が大幅に増やせます。こうしたロジスティクス(物流)上のメリットは、薬価を抑え、より多くの患者さんに届けるための必須条件です。限られた人しか受けられない1回数千万円のオーダーメイド医療ではなく、大量生産して世界中へ常温付近で空輸できる「製品」としての完成度を示しています。
華山
ありがとうございます。創薬事業を成功させ、持続可能にするためには3つのステップが必要です。1つは「薬として優れているか」、2つめは「製造方法の卓越性」。これらは既にご説明した通りです。最後の3つめは「規制に対する順応性」です。
虚実ない交ぜの危うい現状 世界に先駆けガイドライン策定
武田
「規制」に関連して申し上げますと、今、大都市の自由診療クリニック等では「エクソソーム点滴」と称したサービスが蔓延しています。しかし、その多くは医学的根拠がなく、中にはエクソソームがほとんど入ってなかったり、何が入っているか不明なものさえあります。治療後に死亡例が報告された事例もあります(※)。まさに無秩序な状況で、エクソソーム治療全体の信頼を損なう非常に危険な状況です。
※2023年10月、エクソソームを含む幹細胞培養上清液の点滴によって、患者が死亡した事例が報告された。報道や学会発表によると、直接的な死因はエクソソームそのものの作用ではなく、使用された上清液が細菌やウイルスなどの病原体に汚染されていた可能性が高いとされている。
PMDAで策定を主導
華山
私も強い危機感を持っています。だからこそ、私は「PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)」において、世界に先駆けてエクソソーム製剤の評価基準(ガイドライン)の策定を主導しました。現状、エクソソーム治療は再生医療等安全性確保法の枠外であり、何を「良し」とするかのルールがなければ、適切な医療の確立が困難になります。規制は「壁」ではなく、本物の医療を守るための「フィルター」です。これをクリアした証しこそが、医師や患者さんが安心して使える「医薬品」としての証票になります。
武田
PMDA科学委員会は日本薬学会会長の高倉喜信先生(京大名誉教授)が部会長で、副部会長を華山先生がお務めです。製造者である華山先生が「ルールを作る側」の中心にいらっしゃって、どのような試験データが必要かを熟知されていることは、経営戦略上の計り知れないアドバンテージ(強み)でもあります。
華山
私たちは、FDA(米国食品医薬品局)やEMA(欧州医薬品庁)の基準を当初から見据え、両機関を納得させるロジックの構築を進めております。海外勢がルール不在で足踏みしている間に、日本が作った国際的に通用する評価基準でデータを積み上げ、世界初のエクソソーム創薬を日本から、この北陸から、発信したいですね。
北陸にエクソソーム製剤拠点を構築 「ものづくり北陸」を「バイオ北陸」に

武田
北陸には富山の製薬企業や石川の製造装置メーカーなど、真面目で高い技術力を持つ企業が集積していますからね。それに北陸新幹線の開業で3大都市圏からも近くなりました。
華山
おっしゃる通りです。私は10年前に大阪から金沢に参りましたが、北陸の人たちは関西人とちょっと違う、と感じております。北陸の人は総じて真面目で、コツコツと仕事と向き合う人が多いのではないでしょうか。
武田
同感です。北陸は藩政期以来、工芸をはじめ卓越した職人技を核としたものづくりが根付いている地域です。突出した「スーパースター」はそう多くはありませんが、全体的な総合力はかなり高いと思います。

華山
我々の事業は、そういった地域との親和性が非常に高いのです。我々は目下、武田さんのご協力を得て、この地域にエクソソームの製造受託拠点(CDMO)を構築する構想を進めています。
武田
華山先生の構想実現に向けて、ビジョンインキュベイトには大きなミッションがあります。日本最大のベンチャーキャピタルの試算によると、先生の創薬を上市するには150億円程度の資金が必要です。それだけの規模の資金を華山先生のスタートアップに呼び込むために、まず大規模ファンドを運営する大手VCと連携を組ませていただく。そして国(AMED=国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の補助金を獲得することです。
華山
引き続きご尽力をお願いします。
武田
もちろんです。ところで震災復興支援を兼ねて、能登に工場を作るのはどうでしょうか。水もきれいで、精密品工場の適地だと思います。
能登空港から世界市場へ
華山
素晴らしいご提案です。例えば能登空港の近くに作れば羽田を経由して世界に送ることができます。先ほど申し上げたように、製剤を粉末にすれば、常温で大量に空輸できますので。
武田
ぜひ実現していただきたいです。
華山
かつて私は世界最大手の米国試薬企業からのオファーを断り、国内企業(富士フイルム和光純薬)にライセンス供与しました。日本の公的研究費で育った技術は、日本の産業界へ還元すべきだという信念があるからです。北陸の「ものづくりの底力」と「アカデミアの知」が融合すれば、地方から世界を塗り替えられると確信しています。
武田
投資家としても国内産業の活性化は1つの大きな目標です。世界市場を意識しながら研究・製造拠点を北陸に築くというお考えは、北陸出身の1人として大いに賛同いたします。
華山
武田さんは故郷金沢への愛、金沢大学に対する母校愛が本当に強くて、その「愛」をしっかりと行動で示していらっしゃる。やはり、根っこは金沢におありですね。
武田
いつまでたっても「田舎者」なんですよ(笑)。
華山
かつての日本のスタートアップは、技術はあっても「経営のプロ」が不在でした。中でも北陸はスタートアップがなかなか進まない地域でした。この地域から、国立大学の英知と技術で、世界で活躍できるスタートアップの創出と成長を全面的に支援しようと、ビジョンインキュベイト(VI)は設立されました。武田さんがその取締役として金沢にお戻りにならなければ、私の研究も一生ラボに閉じ込められていたでしょうし、金沢大学発のスタートアップとして構想化していなかったと思います。武田さんは資金提供だけでなく、経営陣の派遣、知財戦略、さらには国との交渉まで、文字通り手取り足取りで伴走してくださっています。武田さんと、VI設立を英断された和田隆志学長にあらためて感謝いたします。
武田
華山先生はエクソソームにとどまらず、さまざまなナノ生体材料に応用できる素晴らしい技術をお持ちです。横浜にいる頃から先生の研究に注目し、チャンスがあればご支援させていただきたいと思っていました。
3年後に治験開始、そして難病に苦しむ患者の元へ
「抑制」「除去」から「回復」へ
華山
今後のマイルストーンは明確です。この先3年をめどに国からの大型予算やギャップファンド(※)を活用し、非臨床試験を完璧に遂行します。そのうえで法人を設立し、同時にヒトへの最初の投与となる「フェーズ1(※)」の治験を開始します。ターゲットは「アンメット・メディカル・ニーズ(※)」の領域です。現状では克服できていない疾患、難治性がんであったり、難治性自己免疫疾患であったり。そして血液脳関門(BBB)を通過する特性を活かしたアルツハイマー病やパーキンソン病などの中枢神経疾患です。既存の抗体医薬が「進行の抑制」や「原因の除去」に留まっているのに対し、我々はエクソソームで脳に再生シグナルを送り込み、「機能の回復」を目指します。
武田
火事を消すだけでなく、燃えてしまったところを元に戻すのですね。今日はエクソソーム創薬が秘める遠大な可能性をあらためて思い知り、ご支援させていただく気持ちを新たにいたしました。スタートアップの成功に最も大切なのは熱意とモチベーションです。先ほど言い忘れましたが、私が華山先生の事業をサポートさせていただきたいと思った大きな理由は、先生とチームの熱意、モチベーションが物凄く強いと感じたからです。
華山
ありがとうございます。日本のスタートアップが「打ち上げ花火」で終わらないことを金沢から証明しましょう。虚実ない交ぜではなく、科学的エビデンスに基づいた医療を患者さんに届ける。同時に日本の新たな産業の柱を立てる。その使命を果たすために、これからも二人三脚でお願いします。
武田
こちらこそお願いいたします。

(※用語の解説)
- 【エクソソーム】 細胞内でつくられる直径50〜150ナノメートルのカプセル状の物質。細胞がつくったタンパク質や脂質、核酸などが詰まっている。細胞の外に放出され、別の細胞に送られることで細胞同士が情報を交換できる。さまざまな病気の治療に役立つと期待され、実用化に向けた研究が国内外で進む一方、都市部のクリニックでは若返りや美容効果をうたい安易に投与するケースが目立ち、専門家から規制を求める声が上がっている。
- 【キラーT細胞】 主にウイルスに感染した細胞やがん細胞など、異常を持つ細胞を攻撃するリンパ球(白血球の一種)。
- 【CAR-T細胞療法】 患者の免疫細胞を取り出し、遺伝子を改変してがん細胞への攻撃力を高めてから体内に戻す免疫療法。
- 【血液脳関門(BBB) Blood-Brain-Barrier】 脳に有害なものが入り込まないようブロックするバリア機能。ここを通過できる物質はごく一部に限られている。
- 【リポソームナノ粒子】 リン脂質で構成された数10〜数100ナノメートルの微小カプセル。生体膜に類似した構造を持ち、薬物や核酸(mRNA)を封入して標的組織に届けるドラッグデリバリーシステムに利用されている。新型コロナウイルスワクチンのmRNAワクチンでは、mRNAを閉じ込めて分解から守るために使用されている。
- 【ビジョンインキュベイト】 金沢大学が全国で初めて自己財源のみで設立したベンチャーキャピタル(起業投資会社)。国立大学の研究から誕生した将来有望なベンチャーに投資する。ベンチャーが成長すれば株式を売却し、得た利益を次の大学発ベンチャーに投資してまた利益を得る「好循環」づくりを狙う。
- 【アンメット・メディカル・ニーズ】 直訳は「満たされない医療ニーズ」。有効な治療法が存在しない、あるいは不十分な疾患に対する医薬品や治療法への需要。アルツハイマー病、がん、希少疾患などが代表的で、患者のQOL改善や生命予後の向上を目指し、新薬開発が強く求められている領域。
- 【フェーズ1】 治験は3段階あり、フェーズ1では少数の健康な成人に投与して主に安全性を検討する。フェーズ2では、比較的少数の患者で有効性と安全性、妥当な用量などを調べ、フェーズ3では、より多くの患者で有効性、安全性を最終チェックし、適切な用法・用量なども確認する。
- 【ギャップファンド】 大学の持つ知的財産や科学技術と、その事業化・商業化への隙間(ギャップ)を埋めるため、試作品の作製や追加試験、市場調査などに資金を供給する基金。
